【パパはだーれ?】


1.発生

 カインは大人が一人、すっぽりと入れる程のカゴを背負って歩いていた。そのカゴの中には掃除用具がたっぷりと、生活用品が少し詰められている。彼は両手で袋も持っていて、その中は食料品であった。はたから見ても、大変そうな様相である。
 普段、買い物は家事を一切担っている双子の役目なのだが、今回カインだったのは『ある夜のある虫との死闘』が原因だった。台所爆発という思いもしない結果を残したこの戦いの後、大工たちにより台所の修繕はされたのだが、台所を仕事場とするデイズとバズーは自分たちの手で隅から隅まで掃除をしなければ気が済まないと言い出し、大掃除が始まったのだ。その間、ルーシーとカインはその手伝いをすることになり、カインは買い物を命じられたのである。
 面倒くさい。そう思わないでもないカインであったが、城の家事全般を担う二人に台所の話を持ち出されては料理をしない者が「別にいいじゃん」と言えるはずもなく、また虫に対する恐怖もあり、快く承諾したのだった。
 だが、今それを少しばかり後悔しているカインが、ここにいた。
「……こんなに大量の買い物だとは…ちくしょう、思わなかったぜ…」
 いつも使われる身である双子は、今回人を使う身となったのだが、どうも人使いが荒かった。買い物を言い渡される前、カインは台所の片付け(重い物ばかり)を細々と指示されたし、ルシフェルは今もたぶん、デイズの掃除指南を受けているはずである。だがしかし、文句は言えなかった。何かを言えばすぐに「またアレが出てもいいんですか!」と脅されるのは目に見えている。
「まあ、仕方ねぇ、よな、っとと、重……。けど、ムカつくから、掃除終わったら覚えてろ、よっ」
 荷物を持ち直してすぐ、城の玄関が見えてきた。カインは最後の力を振り絞って早足で進む。
「ただいまー! ほれ、買ってきたぞー!」
 どさっ、と袋とカゴが床に下ろされる。するとパタパタと奥からバズーが駆け寄ってきた。
「おかえりなさい! お疲れ様です!」
 バズーは三角巾にエプロンという格好で、少しだけ汚れていた。けれど、やりがいを見出しているのかその表情は明るい。
「リスト通り買ってきたけど、忘れもんあるかもしんね。そっちで確かめてくれ」
 カインはポケットから紙を取り出して、バズーに渡した。事前にもらった買い物リストだ。バズーはそれにざっと目を通してから、一つだけ、と口を開いた。
「殺虫剤、確認していいですか? メーカー違ったらデイズ怒るから、それだけ」
「殺虫剤ね。カゴの中だと思うが……ちょっと待ってろ」
 カゴの中はごちゃ混ぜで、探すのは大変そうだ。しかし、嘆いてもいられない。カインは殺虫剤を探すため、一つ一つ物を取り出していった。
「箒、モップに……」
 長細い二本を、バズーに手渡す。
「雑巾と洗剤」
「ちょ、持ちきれませんってば」
「そこらに置いとけよ。えーと、それから」
 カインは次々に物を出していく。殺虫剤はどこへやら。人が丸ごと入れるくらい大きなカゴである。小さな殺虫剤はなかなか見つからない。カインは慣れてきたのか、取り出すスピードが速くなってきた。バズーも頑張って、カインの言葉を繰り返しながら物を受け取り床に置いていく。
「バケツ、また雑巾、ハタキ」
「バケツ、雑巾、ハタキ、はい次」
「洗剤もう一個」
「洗剤もう一個」
「子供一人――え?」
「子供ひと……は?」
 カインがカゴから物を取り出し、バズーが受け取り、床に置く。それを繰り返していけば、殺虫剤もいずれ見つかるだろう。そう思いながらの作業だったのだが、思わぬ事態にそれは中断された。
 カゴの脇に立っているのは、まだ幼い女の子である。カインがカゴから出して、バズーが受け取り、床に置いた……いや、立たせたのは、女の子だったのである。
「…………」
「………」
 沈黙は長かった。しかし、先に口を開いたのは、バズーであった。
「人身売買、ダメ絶対!」
「違ぇよ!」
 そして、それは混乱の始まりだった。



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