【パパはだーれ?】
2.発覚
「なんで? なんで女の子!? しかも小さい! 三、四歳!?」
「知らねぇよ!? マジで俺、知らねーよ!? なんでってこっちが聞きたいし!」
「でも、カゴん中いたんですよ! ってことはカインさんが入れたんじゃん!」
「入れてねーし! なんで俺が子供入れてくんだよ、おかしくね!?」
「おかしい! だから聞いてるんですって! なんで!?」
「だから知らない! 俺は何にも知らない!」
堂々巡りする会話の脇で、女の子は立っていた。城が珍しいのか、キョロキョロと周りを見回している。髪は栗色で、ピンクのゴムで二つ結び。あっちを向いたりこっちを向いたりする度に、結った髪がピョコンと揺れる。
「人身売買でないなら、アレか! 誘拐か!」
「なんでそーなるんだよ、誘拐もしてねーし!」
「ルーシーの積極的なアタックにもなびかないと思っていたら、範囲外だったからか! ストライクゾーンは幼女だったのか! 嫌だー! カインさんがロリコンなんてぇ!!」
「話を聞けぇ!! 幼女なんて興味ねーよ! 普通に大人の女性が好きです!」
「なんの告白ですか!」
「お前が言わせたんだろうが!」
息が続かなかったのか、唐突に言い合いは止まった。ゼーゼーと肩で息をする荒い呼吸だけが、静かな玄関に響く。
「……本人に聞けば…早くない……ですか…?」
少し冷静になったバズーが提案した。
「…ああ……俺も…そう思った……」
だいぶ冷静になったカインは頷いた。しかし、先ほど女の子がいたカゴの脇に、人影は、なかった。
「「え?」」
驚きの声が重なる。右、左、前、後ろ。どこにも女の子の姿はない。耳を澄ませても気配を探っても、女の子の存在、そのカケラすらない。
城は広い。使わない階もあるし、使わない部屋も大量だ。場所によっては叫んでも声が聞こえない、なんてこともある。迷子になったら、大人すら右往左往すること必至。それが、幼い子供であったならどうだろう。泣いても誰も来ない、ずっと一人。その恐怖はいかほどか。さらにお腹が減ったら、そんな中寒い寒い夜になったなら……
『幼女、城で遭難し、白骨遺体で発見。女帝、緊急記者会見』
カインとバズーの脳裏に嫌な新聞見出しが浮かび、さっと顔色が悪くなる。二人は互いに頷き合い、荷物もそのままに駆けだした
*
ルシフェルは埃まみれの床を見下ろし、眉間にシワを寄せた。カインが買い物に行く前に、台所の物を掃除しやすいようにどけていったのだが、何年も日の目を見ない床である。汚れはひどかった。まだ先ほどの冷蔵庫整理の方がマシだ、とルシフェルは口に出さずに思った。
「…デイズ、マジで?」
「え? なーにー? 私食器棚で忙しいのよ。次はシンクだし、カインさんが道具買ってきたら本格的に床だし。っていうかさっき教えたでしょ。簡単でいいから床掃いて、角に詰まったゴミを取るのよ」
「………」
渋々、本当に渋々、ルシフェルは箒を手に持った。その箒は年代物で、とても掃除がやりにくそうだった。まあ、要はボロボロだったのだ。しかし、今ここにはこれしかない。
――ザッザッ
ルシフェルの掃除は非常にゆっくりだった。テンションの低さがそのまま表れているようだ。だが、文句は口にしなかった。なぜならば、ルシフェルはこの城で一番の年下だからである。体が小さくてもデイズは年上であり、口が達者だった。何を言っても、勝てる気がしない。
(いや、でも私、女帝だし。年下だけど、偉いし。うん、そうよ。私は女帝!)
「デイズ!」
「ルーシー、遅いわよ。テキパキする! にしてもバズー遅いわね。さっき玄関から音したっぽいし、カインさん帰ってきたのかしら。だったら早く持ってきてもらわないと掃除が進まないわね。ルーシー、私様子見てくるから、掃除続けてて」
手を動かしながらデイズは話し続け、話し終わるとさっさと台所から出て行った。そうして一人取り残されたルシフェルは一人思うのだ。家事、掃除関係でデイズに口答えするのはやめよう、と。
(口をはさむ間がないのよね。城のこととか、他のことなら強く出られるんだけど、家事とか、うん、口出しできない)
この掃除騒動の原因も、さかのぼれば結局のところ自分なのだ。大人しくしてよう。ルシフェルは悟りを開いたかのような表情で、静かに箒を動かした。が、その時。
「……視線?」
振り返ると、台所の入口にぴょこんと小さな顔が覗いていた。それはじーっとルシフェルを見つめている。二つ結びのかわいらしい女の子なのだが、いるはずのない幼女がいるという現実に、ルシフェルの頭は回転を停止した。
「ざ、座敷わらし?」
ふいに家を訪れ、そして気まぐれに去っていく子供の姿をした福の神。そう思えないこともなかったが、女の子の服装はよく街で見かける子供ブランドそのものであった。実在している子供だ。いるはずがないけど、何故かいる子供だ。ルシフェルの頭は、なんとか時間を掛けてその答えを導き出した。
「あー、君……どうしたのかな?」
女の子は様子を窺うようにルシフェルを見つめている。近づくと逃げそうな雰囲気に、ルシフェルはその場で屈んで声を掛けた。城一番の年下であり、また甘やかされる側であった彼女にとって、自分よりも年下の幼子はどう接していいのかよくわからない存在であった。なんとなく、声にも遠慮がみられる。
「どうやってここに? えーと……そう、お母さんは?」
「…………いない」
「へ?」
来ると思わなかった返事に、ルシフェルは思わず立ち上がった。じっと観察していて警戒する必要がないと認識したのか、女の子はトコトコと台所に入ってきた。そして、もう一度口を開く。
「ママ、いないの」
「そ、それは……」
ただ単にはぐれてしまってこの場にいないという意味なのか、他界していてこの世に既にいないという意味なのか。ルシフェルは判断できずに、視線を左右に動かした。どうしよう、どうしよう。両親がいないのなら、一体どこに連れていけばいいの。
女の子は曇りなき瞳でルシフェルを見上げている。ルシフェルはデイズが帰ってこないか台所の入口を見ていたが、十秒経ってもなんの変化もないので渋々女の子と向き合った。
「えーじゃあね、とりあえず」
――ドタドタドタドタッ
ルシフェルの声は激しい足音で中断した。だんだん近づいてくる足音とともに、声もかすかに聞こえ始める。
「…インさ……いな……」
「こっち………ダメ……な」
――ドタドタドタドタッ
「この部屋もいないです」
「チッ、次だ」
――ドタドタッ
「いない!」
「次っ!」
――ドタン!
タックルしてくるのかと思わせる程の勢いで、カインとバズーは台所に現れた。ぽかん、とルシフェルは口を開ける。
「い、いたぁ~」
バズーは女の子を見ると、へなへなと座り込んだ。そして次に、ルシフェルを見た。
「あ、ルーシー」
「え?」
カインとバズーを交互にルシフェルは見たが、二人とも安堵しきって説明をしようとしなかった。カインは手のひらで目を覆い、盛大なため息をつく。
「はぁ~、マジ疲れた」
「でもよかったですよ。はー疲れたー」
「こんな走ったのいつ振りだっつの。ふー、のど乾いた」
「ですねぇ、休憩します?」
ルシフェルは自分の知らぬところで話が進んでいることに、腹が立ってきた。この女の子が城にいる理由も、この女の子についても、自分は何も知らない。けれど、何かを知った風な二人の会話に苛立ちが募り始めて。
「あのね」
じりじり、と怒りの炎を燃やしていたルシフェルを止めたのは、女の子だった。ルシフェルの服をくいくいっと引っ張って、すこし間延びした声で話を続ける。
「あのね、ミミ、ママいないけどね、パパがいたからね、だからね、ついてきたの」
その言葉は台所にいた三人に十分聞こえた。少ししてから、全員が女の子の話の意味をなんとか理解する。パパがいたからついてきた。そう、パパがいたから。
「パパー」
とてて、と女の子は駆けて行った。彼女が向かった先はもちろん。
「ねぇ、パパ、ママどこ行ったの?」
真っ青な顔をしたカインのところであった。
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