【01:プロローグ】


 万物の源である創造神はまず風を憎むようになった。風は創造神の身体を介してこの世界にやってきた子供たちを呆気無く散らして遥か遠くへ連れ去ってしまうからだ。
 次に創造神は光を憎んだ。光はどんなに渇望し我を失って手を伸ばしても決して掴めないものだからだ。
 そうして最後には己を憎んだ。ただそこに在るだけの風と光に醜い感情を抱くばかりで何ひとつ望みを叶えられない無力な己を、ひたすらに憎んだ。

『かつての喜びを全て大きな悲しみに変えてしまう世の理が、憎い』

 やがて創造神は一つの願望を抱いた。
『愛しい者たちと永劫、共に在りたい』と。
 その為に何がなんでも風と光をこの手に掴みたい、掴めたら、もう何も失わずに済む――。けれどこれは創造の神が決して見てはならない夢だった。この夢は彼の心を一気に狂わせた。
 世界の軸である神の心が病めば世界そのものが病む。ゆえに世界の歯車は完全に狂った。いや、神が心折れたくらいだ、そもそも最初から何ひとつ正気ではなかったのかも分からない。そもそも狂っていた世の理によって神は狂うべくして狂ったのだ。もう暴走は止まらない。
 人々は暴走する歯車に身を押し潰され激痛により悲鳴を上げた。「創造の神よ、この声を聞け」と言わんばかりに悲鳴を上げ続けた。しかし夢に浮かされた創造神の耳に彼らの声は届かず、世界は日を追うごとに崩壊していった。

『このままではいけない』

 間もなくこの混乱に終止符を打とうと意を決した希望の神と破壊の神と一人の最上級天使を筆頭に、革命を望んだ者たちが創造の神に反旗を翻し戦いを挑んだ。
 この世界には創造神を含め三人の神がいる。人々は光の如く眩い炎を纏った者を『希望の神』、万物の源を『創造主』、漆黒の風を吹かす者を『破壊神』とそれぞれ呼び、生を受けた瞬間に誰を最も敬うか自由に選択することを許されていた。ゆえに創造主に絶望していた多くの人々は革命を謳い立ち上がった二人の神に希望を見出し喜んで志を共にした。
 しかし二人の神をもってしても万物の源である創造主とそれになおも従う者たちを屠る術はなく革命は失敗に終わり、戦いに敗れた者たちは二人の神もろとも光の差さぬ最下層の世界『魔界』へとその身を堕とされた。

 のちに人はこの時、安定を望み創造主に与(くみ)した者を『天使』、革命を望み反逆した者を『悪魔』と呼んだ。

 やれ、神であれなんであれ誰もが心を乱される『希望』とは恐ろしいものだ。
 その後も天使と悪魔による強い意思のぶつかり合いは続いた。
 けれども勝敗はつかず、両者は途方も無く長い膠着状態に陥った。
 しかし、反逆の筆頭に立っていた希望の神である帝王サタンの死をきっかけにとうとう均衡は破られる。

 されど『希望』は潰えず。

 帝王サタンの死により勝利の天秤は天に傾くと思われた。だが、悪魔たちにはまだ勝算が残されていた。絶対に潰えない『希望』はこちらにあると。
 彼らの希望の名はルシフェル、帝王サタンの一人娘である。彼女は父の意思を継ぎ、その小さな手に剣を握った。己が愛する者たちの正義を証明する為に――。

 創造主が滅すればこの世界は形を失って滅する。ゆえに天使たちは創造主を崇めて止まない。だが革命を目指す悪魔たちも希望の神と破壊神に己の夢を無心に託し続ける。
 その根本に存在するは『希望』という朧気な光。
 そうとも、誰もがその淡い光を追って己の道を選ぶ。そこに正義は無い。あるのは純粋な『己を信じる心』のみ。
 誰もが未だに夢を追っている。
 希望はこの世界に存在する最も強力な『祈り』であると同時に『呪い』だ。どんな者をも狂わせる最も恐ろしい想いだ。
 その希望を父から継いだ少女ルシフェルは生きとし生けるものの光となるだろうか、闇となるだろうか。この狂乱した世界の命運は幼い女帝の手に託された。



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