【01:堕ちちゃいました】
――サタンの提案で俺たちは神様に反逆したんです。で、そのままドッカーンとやっつけるつもりだったんですけど。えっと……、はい、失敗しちゃいまして……。今、魔界に堕とされちゃったところです。アイタタタ……――
「ぐああ〜っ!! いってぇ!! あんにゃろ、ラファエルのヤツ〜!! なぁんで神側なんかにつくかなあ、もう!!」
サタンはガーガー怒鳴りながら地面に激しく打ち付けた頭を抱えて半身を起こした。
頭を打った大地が激しく抉れている。幾ら心臓を破られなければ大丈夫な身体とはいえ、これは生きているのが不思議だ。痛いということは生きているということ。これは夢かと頬を抓る手間が省けた。神側に回った天使たちと戦った際に受けた傷も身体中にある。全身がビリビリ痛い。まあ、そんなことはどうでもいい。これが現実と分かった以上、自分の傷など気にしている場合ではない。
そうだ、ラファエルの邪魔さえなければ勝てる戦争だっただけに悔しい。死んでしまった仲間も沢山いることだろう。自分を慕って来たがために彼らは死んでしまった……。申し訳なかった。自分がこんな考えさえ起こさなければ……。
「そういえば他の皆は……!? 生存者は!? 俺だけが堕ちた……、そんなはずない……!! おーい、みんな〜!! 生きてたら返事しろーー!! でもっ、頼むから死んでたら返事しないでくれぇ〜!! どうか成仏してくれー!!」
幽霊を怖がっているのか、皆に生きてて欲しいのか分からないが、とにかくサタンは声を張り上げた。すると向こうの方から女とも男ともつかぬ声が聞こえてきた。あの声は……。
サタンが声の方に振り返ると、そこには誰かがグッタリ倒れたまま弱々しく手を振っている姿があった。貴重な生存者である。サタンはすぐに駆け寄った。「良かった、無事なヤツがいて!」と、心の中で叫びながら。ところが――
「うっわ〜!! バアル!? なんだオメェ、ヴィジュアル系だってのにかっこ悪い倒れ方だなあ〜」
サタンは仰向けで恥ずかしげもなく大の字に倒れている人物を見るなり盛大に悲鳴を上げた。
「そりゃあね。あ〜んな高い所から落とされては流石の私だってこうなりますよ……。ヴィジュアル系もクソもないですよ……。いいから早く助けてください……」
おっとりした口調、女性的で端整な顔立ち。しかし恥らいもなく大の字で倒れている彼、バアルはボソリと小声で反論した。彼はサタンと並び、先頭に立って神へ反旗を翻した天使の一人である。
「悪い悪い! カッコつける余裕ないお前なんて初めて見たからさ!」
サタンは悪びれずケラケラ笑って彼の上半身を抱き起こした。彼の自慢の腰まである長い髪からパラパラと砂が落ちる。……ん? 髪?
「あっ!」
サタンが小さく悲鳴を上げた。
「おおおおおっ、おま!! 髪、髪がっ!! きききききき金髪だったのがなんでか銀色になってっぞー!? え!? 光の加減じゃねぇよな!? ああ、うん、やっぱり見間違いじゃない!! マジだ!! マジ銀色!!」
軽く髪の毛を手に持って間近に見つめる。うむ、見れば見るほど、銀色、である。
「なんですか銀色、銀色って」
耳元で大声を出されたため一瞬怪訝そうな顔を浮かべたバアルだったが、尋常ではない友の慌てぶりを見て冷静に自分の髪色を確認した。
「……あらまっ!! ホントに色が変わってますね!? あーらら。あははは、きっと堕ちた衝撃で色が抜けちゃったんでしょう。まあいいや、これはこれで」
僅かに動揺したバアルだったが、驚くほどの速さでいつもの平常心を取り戻した。瞬時に「金髪もいいけど銀髪もいいじゃーん」と開き直った心の強さの勝利である。
「ん? そういえば貴方は髪の毛が真っ黒になってますよ? 金髪だったのに真っ黒」
「真っ黒? 俺の髪がか?」
サタンは自分の前髪をグイッと引っ張って見つめてみた。……本当に、黒かった。
「あっりゃ〜!? なんでぇ!? もしかして堕ちた衝撃で焦げちゃったとか!?」
「ああ〜、それありえますね。貴方は筆頭に立ってクーデター起こしたから罰で真っ黒に焦がされちゃったんでしょう」
「俺……、どうせならお前みたいに銀が良かったなあ……。な〜んで俺だけ焦がすんだよ〜。酷すぎるじゃ〜んっ!! 差別だ、差別!!」
サタンはオイオイ嘆きながら半べそをかいた。金髪な自分が地味に結構お気に入りだったのである。
「まあまあ、そんな泣かないでください。黒髪もカッコイイですよ?」
「グスン、グスン……。えっ!? うっそ、マジ〜!? カッコイイって!? やったね!!」
バアルの褒め言葉にサタンはすぐさま笑顔を取り戻した。サタンの長所はとことん単純なところである。こんなに眩しい笑顔を浮かべられては色々と言いたいことはあれどバアルはそれを喉の奥にしまい込む他なかった。
まあいい。そんなことよりも……。バアルは気持ちを切り替え、おもむろに立ち上がった。
「赤い月に赤い空、黒い雲、枯れ果てた大地……。今までいた世界とは真逆の色ですね。成る程、これが反逆者に相応しい世界というわけですか……」
バアルは冷静に天界とまるで正反対な景色を眺めて呟いた。
「ゴメンな……。俺についてきたばっかりによ」
呟いてサタンは斜め下に視線を落とした。なんだかんだ明るく振舞っているが、やはりこの結果に強く責任を感じているのだ。
「何故貴方が謝るんです? 私が勝手についてきたんです。気になさらないでください」
僅かも意に介してないとばかりにバアルは朗らかに微笑んだ。この世界に堕ちてから初めて見た彼の微笑みである。そう、彼はいつもそうだ。人を庇う時はとにかく自分でなんでも抱え込む。私が悪い、貴方は悪くないと徹底的に自分を盾にする。サタンにはバアルのやり方が分かっていた。
「そっか……。すまねえな」
下手に謝ればバアルにただ気を遣わせるだけ。この話は早く終えた方がいい。サタンは別の話をしようと考えを巡らせた。そして、ふと気付いた。
一人、足りない。
「ところで、レヴァイア知らねえか?」
そう、共に先頭に立って反旗を翻した天使レヴァイアの姿が未だ見当たらないのだ。
「え? いえ、私は見かけてませんけど」
嫌な予感。サタンとバアルは不安げに顔を見合わせた後、周囲を何度も何度も見渡した。だが人影は見当たらない。目に映るのは果てしない荒れ地のみ。
「まさか……。いや、あの馬鹿に限ってそんなことあるハズねえ!」
「そうですよ。あの馬鹿がこんなことで死ぬはずありません!」
サタンとバアルはまた周囲を見渡した。……いない。
(まさか、本当に……?)
二人を激しい不安が襲った。
――その時だった。
「誰が馬鹿だコノヤロー!! 馬鹿馬鹿って罵ってないでちゃんと見つけてよー!!」
何処からともなく聞こえてきた声。暫くしてバアルが「あっ」と、ある一点を見つめた。
「え? なになに? 見つけたんか?」
「え〜と……。ほら、あそこ見てください、あそこ」
バアルが遙か遠くを指差す。そこには大きな枯れ木があった。そのてっぺんの方に枝に引っかかっている誰かさんの姿が。パタパタとこちらに向かって必死に手を振っている。これは盲点であった。遠目に枯れ枝と同化して見えたそれはよくよく見ればしっかりと人の形を成している。あれこそ探していたレヴァイアその人だった。
「ぶふっ!! すっげぇマヌケ!! ぶっひゃひゃひゃひゃっ!!」
サタンは腹を抱えて笑い出した。一応「見つかって良かった」という彼の気持ちの表れである。安心したのだ。
「貴方ねえ、そ〜んなに笑っちゃ可哀相ですよ。……たぶん疲れてて自分で降りられないんでしょうね」
笑っちゃ可哀想、口では言いつつバアル自身もクスクスと肩を震わせて笑っていた。
「はーい、ちょっと待ってろ今行くから〜!」
枯れ木に駆け寄るとサタンは背中の羽を広げて飛び立ち、枝に引っかかってるレヴァイアをひょいと抱えて救い出した。
「ふあ〜、助かった。ありがと〜……って、お前ら俺見て笑ったろ!? スゲー笑ったろ!?」
「ん〜? そ〜んなわけねえじゃ〜ん。あれはお前が無事だったから盛大に嬉し泣きしてたんだって」
「全っ然そんな風に見えなかったもん!!」
レヴァイアはサタンに向かってプクーッと頬を膨らませ、遺憾の意を表明した。バアルがそんな彼を嬉しそうに目を細めて見つめる。
「しっかしお前も銀髪かよ〜。ホントに俺の髪だけ真っ黒に焦げちゃったわけ? ぐぬぬぬっ!!」
「あっ、そういえばお前らもか! 俺、自分だけ髪が変になっちゃったのかと思ってドキドキだったよ」
「……ん? お二人とも、どうやらまだそれだけじゃないみたいですよ」
二人のやりとりを静かに聞いていたバアルが横から口を挟んだ。
「まず耳が変形してます。なんかピンと尖ってます。それと、羽が真っ黒くなってます。羽も焦げたっぽい」
まるで他人ごとのように淡々と指摘するバアル。二人は「ゲッ」と顔を歪めて自分の耳と羽を確認した。……言われた通りだった。
「黒い……、尖ってる……。いっやーん!!」
「うわ〜っ、羽が真っ黒に焦げちゃってる!! 耳伸びちゃってる!! ……あれ? バアルの耳のフサフサは変わんないね? 今まで通りの色だ。焦げなかったんだな」
サタンはその場でショックのあまり硬直してしまったが、レヴァイアは案外冷静にバアルの耳を指摘した。バアルの耳には、耳ではなく小さな羽が生えている。サタンとレヴァイアはそれを「耳のフサフサ」と呼んでいる。
「ああ、コレ? 元々が奇形だったから変わりようがなかったんじゃないですか? それか髪の毛に守られて焦げずに済んだとか」
バアルはなんのこたないさとばかりに余裕の笑みを浮かべて耳の羽を触った。
「あ〜ん、なんか俺変じゃねえ? うあああ〜ん、耳でっけぇよ〜!!」
硬直が解けたサタンは自分の耳をグイグイ引っ張りながら顔を崩して大いに嘆いた。何気に見た目をひたすら気にする男である。いや、もう、なんというか、これだけ派手な敗北だ。それだけに心が弱っているのかも分からない。見ていられなくなったレヴァイアはそんな兄貴分を「まあまあ」と優しく肩を叩いて慰めようとした。その際、覗き込んだサタンの目にふと違和感を覚えた。
「あれ……?」
「んぇ!? なっ! なんだよ!! 人の顔ジーッと見つめやがって!」
「いや、あのさあ。サタンの目って金色だったよね〜?」
言ってレヴァイアはなおも顔を近づけた。
「ひぃっ。いやっ、やめてぇ〜っ! バアルが見てるじゃないの!!」
「えー!? 何言ってんのさ!? 違う! 違うって! 気持ち悪いなあ、もう! ……ねえねえ、バアル。サタンの目ぇ見てみてよ」
レヴァイアは気を取り直してバアルを呼んだ。目が一体どうしたというのか。首を傾げつつレヴァイアに言われるままバアルもサタンの目をジッと見やった。
「ななななっ、なんなんだ!? 俺の目がどーした!?」
二人がかりで真剣に目をジッと見つめられ、サタンは顔を赤くした。
「だっから照れるなよ気持ち悪い!! いいからちょっと瞬き我慢して〜。ね? なんか色変わってない? ってことは俺も変わってるの? バアルはとりあえず変わってないけど」
「そうですね……。私は変わってない、レヴァ君も変わってません大丈夫。ってことは私たち変わってないのに一人だけ? ……サタン、貴方、瞳が桃色になってます」
「ほほぅ、成る程。桃色……ってことはピ〜ンクゥーーーーッ!? 俺の嫌いな色じゃねえか!!」
「嫌いな色を与えるとか。やはり言い出しっぺだけあって罰を人一杯受けちゃったんでしょうかねぇ……」
「そうか、じゃあしょーがねえ。……いや、しょーがなくねえ!! なんで!! 俺だけ!! ピンク!! 嫌〜ッ!! こんなの嫌よ〜!!」
不公平にも程がある。神の陰険な仕打ちにサタンは怒り心頭。その場で激しく地団駄を踏んだ。と、その時、バアルとレヴァイアが同時に「あっ」と声を上げた。
「ぁあ!? 今度はなんだよ!?」
サタンは語気を強めて振り返った。が、二人はそれにも動じずポカンと目を見開き続ける。
「貴方……、頭が、変……」
「はいいい!? 頭が変!? バアルてめぇ喧嘩売ってんのかグルァアア!!」
「いや、バアルが言ってるのはそういう意味じゃなくて……その、お前、今、頭に、ツノ生えてるんだよ……」
「ぁあ!? ツノだ!? ……はい? ツノですって?」
二人の指摘を受けてサタンは頭に手を当てた。……何か違和感を感じた。指先に何かゴツゴツしたものが当たる。先にいくほど尖っていく牛のツノのような何か。そしてそれは、確かに自分の頭から生えていた。触れば触るほど分かる。これは確かに自分の頭から生えている。
「……嘘。これ、ツノ……? お、俺の、頭に……?」
「うん……」
「ツノです。確かにツノです……」
二人が静かに頷くと同時に、ショックで怒りが飛んでいったサタンの頭からツノも飛ぶように消えた……。
髪も羽も黒く焦げ、瞳は大嫌いなピンクに変色、感情高ぶると何故か頭からツノが生える。意味が分からない。敗北者への嫌がらせなのだろうが、意味が分からない。何がどうしてこうなったのか意味が全く分からない。サタンは明後日の方向をぼんやりと見つめた。
「……俺、どうなっちゃってんだろ……」
「えっと、サタン、元気だせよ。頭からツノが出るなんてカッケーじゃん。なんかセクシーだよセクシー! とっても! ね、だから大丈夫!」
「何がセクシーなもんか……。こんなのヤダもん……」
「なってしまったものは仕様が無いでしょう。時には諦めも肝心ですよ」
「ヤダもん……。ヤダも〜んっ!」
サタンは子供のように膝を抱えて拗ね続けた。これは何を言っても無駄なようだ。バアルとレヴァイアは「やれやれ」と溜め息をつき、顔を見合わせた。
「そっとしておきましょうか……」
「そうだね。そうしよう……」
俯くサタンの背中を見つめながら二人は細々と言葉を交わした。
「しっかし気が利かないですね神は。この見た目に白い服がまあ合わないこと。どうせなら服も黒く焦がしてくれれば良かったのに」
バアルは怪訝そうな顔を浮かべて自分の衣服を引っ張った。髪の色は抜け、肌の色もなんだか血色悪くなってしまった。なのに服だけ変わらぬ眩い白さを保っているのは酷く違和感がある。
「確かに似合わないよなあ〜。髪の色に合わせて服の趣味も変えなきゃだ」
レヴァイアも自分の衣服を眺めて溜め息をついた。
敗北はそのまま死を意味していると思ってい一同である。本当なら見た目がどうだの服がどうだの言ってる場合ではない。だが、それだけただただ戸惑っていたのだ。
「あっ、そうだ。もしかして落とされたのって俺たちだけ? どこ見ても他に人影ねぇよな?」
不意にサタンが少し元気を取り戻したのか顔を上げて周囲を見渡した。
(今更かよっ)
バアルとレヴァイアは率直に思ったが、まあいい。責めるのは野暮というものである。
「どうなんでしょう……。私もさっきから気にしてはいるんですが」
「まさか、他の皆はただ殺された……、なんてことないよな?」
言ってレヴァイアは唇を噛んだ。考えたくなかったことだが、こうも姿が見当たらないとなると……。サタンの背中に嫌な汗が流れた。
「……まだ、結論づけるのは早い。早いです」
バアルの眉間に深く皺が寄る。
「私たちがあの時……、此処に落とされる直前、強い光に包まれた、あの時……、他の仲間は何処にいましたっけ?」
「えっと、確か、ラファエルを俺たちが相手してて……、他の皆には後ろで雑魚を任せてた……。だから、見てない……。みんなが、どうなったか、俺は、見てない……!」
突然サタンは弾かれたように立ち上がりバアルの胸倉を掴んだ。一瞬のことである。しかしバアルはそんな行動を受けても一切の動揺なく静かな視線を向けるだけだった。
「嘘だよな!? そんな、言い出しっぺの俺が無様に生き残って……、そんな、そんなことあるわけないよな!?」
「私には、何も分かりません」
どう答えればいいのか、これはバアルにも判断出来なかった。この状況で無責任に『大丈夫』とは言えない。バアルはこういうところが少し不器用だった。
「分かんなくたって『大丈夫だ』くらい言えよ!! 馬鹿野郎!!」
「……気が利かなくて、すいません……」
ズバリ指摘され、バアルは視線を落としてしまった。その悔しそうな表情はサタンを正気に戻すに十分だった。
「……いいよ。俺が勝手にお前に八つ当たりしちまっただけだ。悪い……」
サタンは糸が切れた操り人形のようにそのまま力なく崩れ落ちた。そのグッタリとした身体をバアルが腕を差し出し受け止め、胸に抱く。これくらいのことしか出来ません、サタンをしっかりと抱き留めるバアルの腕がそう無言で告げていた。
「兄ちゃん……」
サタンの肩が小さく震えている。泣いているのかもしれない。バアルは何も言わない。レヴァイアは二人の姿をただ隣で見つめるしかなかった。
やりきれなかった。サタンを慰める言葉が何も浮かばない。お前のせいじゃない、俺のせいだ、大丈夫また頑張ろう……、浮かぶ言葉はどれも気休めだ。いや、安っぽくて気休めにもならない言葉だ。こんな言葉なら言わない方がいい。
なんて、無力なのだろう。
泣き崩れるサタンを直視出来ず、レヴァイアは赤い空に目を向けた。……その時、何かが見えた。何かが。
「あっ、あれ……」
レヴァイアが指差すと同時に『何か』が一同の目と鼻の先にドカンと大きな衝撃音を立てて落ちた。突然の物音に俯いていたサタンとバアルも音の方に目を向ける。
「……コレ、俺たちの仲間じゃない?」
巻き上がった砂埃を振り払い、間近にマジマジと覗き込んでレヴァイアは「間違いない」と頷いた。
空から落ちてきたそれは自分たちと同じく尖った耳を持ち銀髪で羽の黒い天使のような生き物であった。て、ゆーか、そんなまどろっこしい言い方をしなくても単純に彼は一同の知った顔だ。間違いない、共に戦ってくれた仲間である。
「……ハッ!! 此処はドコだ!? ああ、サタンさんじゃないですか!! 皆さんお揃いで!! すすすす、すいません!! 俺たちも負けて堕っこっちゃいましたー!!」
彼はサタン、バアル、レヴァイアの顔を見るなり慌てて飛び起きてペコペコと何度も頭を下げた。
「え? 『俺たち』ってことは……」
サタンが聞くと彼は「はい。もうすぐ皆、堕ちてくるんじゃないかな」と苦笑いした。
その通りだった。
暫くして空から沢山の天使だった者たちが雨あられの如くバラバラと堕ちてきたのである。派手な花火のように響き渡る衝撃音。そこかしこから巻き上がる砂埃。そして呻き声やら悲鳴やら。まさに地獄絵図。しかし、サタンは嬉しかった。
「うわあああ!! 皆無事だったんだなー!! 俺は嬉しいぞー!!」
とにかく無事ならよし。歓喜の声を張り上げサタンは次々に堕ちてくる奇形化した天使たちに向かって両手を振った。
「ね! 良かったね〜っ! 俺も嬉しいよ〜!」
レヴァイアもはしゃぎ始めた。とにかくとにかく無事ならよし。彼らは単純である。だがバアルの目は冷ややかだった。
「あの……、これって、全然喜べない光景だと思うんですけど……」
生きていればよし、それは分かるがどう見てもこの光景は地獄絵図である。しかし喜びを爆発させるサタンとレヴァイアには関係なしであった。
「ハッハッハ! よ〜し、まだまだこれからだ! この程度の仕置きに心折れるかよ! 戦いは始まったばっかだぜ! 次は勝つ! 必ず勝つ! 俺らを殺さなかったことを後悔しやがれ!」
サタンは力強く拳を振り上げ、「だよな!」とバアルに笑顔を向けた。
これだ、この笑顔だ。『不可能などない』、不思議とサタンの笑顔を見ると無心にそう思えるのである。
「そうですね。その通りです。いいですよ、何処までもお供致しましょう」
バアルはニッコリと微笑みを返した。
一度負けた。そして荒地に堕ちた。髪の毛の色が抜けた。だからどうした。関係ない。夢物語はまだまだ始まったばかりである。
ちなみに、二人がそうして夢を語らっている間も空からは続々と天使だった者たちが降り注いでいた。そして話に加わっていなかったレヴァイアは何気に堕ちてくる彼らの救出に一杯一杯走り回っていた。
『ラファエル、魔界の様子はいかがだった? 奴等は反省しておったか?』
なにせ完膚無きまでに打ち負かし遙か下層の世界にたたき落としてやったのだ。これに懲りて彼らは悔い改めるだろうと神は確信していた。だが、ラファエルは深い深い溜め息をついた。先程、魔界にこっそり赴いて目にした光景がショックだったのだ。
「ええ、あの……私が見た時には皆して家を作ったりしてました。なんというか、はい……。楽しそうにしてました……」
『そうか楽しそうに……何!? それは誠か!?』
「はい。私が見る限りでは全っ然反省していないのではないかと」
『何がどうしたらそうなるのか……。少し罰が甘かったか。まあいい。笑っていられるのも今のうちだけだ。ああ、そうだラファエル、お前には大変感謝している。唯一我に味方した聡明な天使として誇るがいい』
「ありがとう御座います」
ラファエルは一礼し、その場を後にした。
「……聡明な天使、か……」
ボソリ呟き、ラファエルは改めてサタンらのことを考えた。もう彼らは友ではない、敵である。まずこの事実を受け入れなければならない。
(最初は見た目の変化にショックを受けていたというのに……。あの立ち直りの早さは何処で得られるものなのか。あの美しかった姿が、あ〜んなに歪んでしまったというのに奴等あまりにも立ち直り早すぎはしないか!? ……やっぱりサタンの考えは分からん。それに同行したバアルとレヴァイアの二人も分からん。しかも今度は住み良いようにあんな荒れ果てた地を開拓し始めるとか……。早々に泣き喚いて頭を下げて帰ってくると思っていたのに、何故そうなる。ああ、もう訳が分からん……! しかし馬鹿な奴等め。神に逆らったところで敵うはずがない。そう、私の選択は正しかったのだ。絶対に――)
ラファエルは青い空を見上げ、誰もいなくなった天界の道をゆっくりと歩いて帰った。
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