【XX:彼らは毎晩お酒を飲む】
街が形を成した時からレヴァイアは夜ともなると出掛けるようになった。そして明け方になると酒と煙の匂いを身体に染み付けて上機嫌に帰ってくる。
一体どんな心境の変化があったのやら。
天界で過ごしていた時は滅多なことでは他者との交流などせずひたすら引き篭もっていた彼がどうしたことか堕天を機に見違えるほど社交的になったのである。
聞けば、通い詰める価値のある良い酒場を見つけたのだそうだ。
(私も見習うべきだろうか)
思い立ったがすぐ行動。「今夜は私も同行させてくれ」と初めてバアルが言い出した時のレヴァイアは本当に心底驚いた様子だった。あの目玉が落ちるんじゃないかと思えるほどに見開かれた目は簡単に忘れられない。
「珍しいなあ。急にどうした?」
「なんとなーく。夜の街がどんな様子か直に確かめるのも王の務めかなってね」
本当にただなんとなく行ってみたいというだけで理由らしい理由は持ち合わせていなかった。だがレヴァイアは「王の務めねぇ」と笑っただけでそれ以上に何を深く追求することもなく「いいよ、じゃあ行こう」と軽く承諾してくれた。
バアルも同行するならば飲むだけでなく夕食も外で済ませようということになり、程々に腹の空いたタイミングで二人は城を後にした。
あえて徒歩での移動。ただでさえ赤い月と朧な星々しか空に無い薄暗い世界が夜を迎えて更に闇を濃くしていた。遠くに見える荒れ地は真っ暗闇だ。そんな中、街は人々の活気に溢れていた。煌々と灯った明かり、客を呼び込む商人たちの声、通りを歩く人々の表情はみな笑顔である。
ついこの間までただの荒れ地であった土地が随分と立派になったものだ。見るたび見るたび感心してしまう。住人たちの努力には本当に頭が上がらない。
「さてと、お前なに食いたい? なんか気になる店とかあった?」
大通りに出たところでレヴァイアがバアルに尋ねた。
「さてね。目移りしちゃって決められないな。レヴァ君、オススメないの?」
街は今、彼の方が詳しい。ということで聞き返すとレヴァイアは「んー」と軽く視線を泳がせた後「肉!!」と目を輝かせて簡潔な言葉を発した。きっとステーキハウスのことを指しているんだろう。異論なし。バアルは「いいですよ」と頷いて彼に行き先を委ねることにした。
そうして煙草を吸いながら風下を先に歩くレヴァイアについて行くと、小ぢんまりとした隠れ家的なステーキハウスに到着した。中に入るとこれまた意外、レヴァイアがオススメするからにはワイワイガヤガヤした店を想像していたのだが、なかなかどうして鉄板焼き形式のカウンター席と3つほどのテーブル席しかない落ち着いた雰囲気の店である。内装もお洒落だ。まだ開店したばかりとのことで店には男女一組の先客しかいない。
「いらっしゃいませ! あ、レヴァイア様にバアル様! 来ていただけて光栄です!」
一人でこの店を切り盛りしている様子の店主もなかなかの美男子だ……と、まあそこはどうでもいいか。
これから酒を飲みに行くことも考えて注文はお互い軽めにシャンパンと400グラムのステーキとフライドポテトだけにしておいた。相当なボリュームではあるが、これでも二人にとっては軽めなのである。
「ああ〜、お腹空いたあああああっ!」
柄にもなく盛大に空腹を嘆くバアル。「俺も!」と便乗してレヴァイアは「早く早くぅ」とステーキを手際よく焼き始めた店主を急かした。
たまには外食も悪くはない。
家と変わらぬ二人で談笑しながらの食事。「この味付けいいね、家でも再現なさい」とか「お前のその食事しても一切崩れない口紅はどーなってんだ」といった他愛のない話をしながら口に運ぶよく冷えたシャンパンとホクホクのフライドポテトとニンニクの風味が利いた絶妙なミディアムレアのステーキはとても美味しかった。
「美味しかった。よくこんな店を見つけたねレヴァ君」
食事を終えたタイミングで詳細を問う。こんな隠れ家をどうやって見つけたのやら、はて散歩している時にでも見つけたのだろうか……と思ったら違った。聞けば先日酒場で一緒になった男が「絶対に美味しいから行くべき!」と自信を持って此処を教えてくれたのだという。
「っていうか、この男なんだけどね」
レヴァイアは意気揚々とカウンターで作業している店主を差した。
「来てビックリだ! まさかテメェが店主本人だったとはな! どーりでやたら熱心に店を推してたわけだよ!」
軽快に笑うレヴァイア。「本当に来てもらえて凄く嬉しいです!」と店主もいい笑顔だ。
「でもまさかバアル様と一緒に来てくださるとは思わなかったですよ! 実を言うとちょっと緊張して肉を焼く時に手が震えました……!」
「何を言いますか。大丈夫、もし焦がしても新しい肉を焼けばいいだけ」
バアルが言うと店主は「それじゃうち大損ですううう〜っ!」と大袈裟に嘆いてみせた。
さあ、腹八分目のお腹を抱えて次は酒場である。
レヴァイアが案内してくれたのは街で最も大きい酒場であった。まだ夜本番な時間には早いが既に店の外まで賑やかな声が漏れている。店内に入るとその声が倍以上に大きくなった。
「まあ賑やかだこと」
広々とした店内は酒の入った悪魔たちでほぼ満員、誰も彼もが酒を片手に持って喋りに花を咲かせて大笑いをしていた。魔王二人の登場に気付いた瞬間こそ「こんばんは!」「バアル様も御一緒だなんて珍しいですね!」とこちらを向いて声をかけてくれたが、すぐに向き直ってまた元の話に戻ってしまった。まあそれくらい淡白な方が助かる。
店内の男女比率は8:2といったところだろうか。少しむさ苦しいがレヴァイアが好んで行くところだ、予想はついていた。
「レヴァイア様! バアル様! いらっしゃいませ! さあ、こちらへどうぞ!」
二人の来店に気付いた店員がすぐ足早にやって来て席へと案内してくれた。案内されたのはこの混雑の中にあって最も喧騒から隔離されている店の一番奥の席だ。聞けばレヴァイアはいつも必ずこの席に座るのだという。理由は実際ソファーに腰を下ろした時に分かった。此処からは店内が優雅に一望出来るのだ。
(成る程ね、一人でやって来て此処で賑やかな店内を観察して楽しんでいるわけか)
一人で納得するバアル。一方何も知らないレヴァイアは意気揚々と店員に渡されたメニューを眺めて「今日は何を飲もうかなー」と楽しげに目を細めていた。
「って悩んでも結局はお気に入りのいつものを頼んじゃうんだよなあ。バアルは何を飲む?」
「私? そうだなあ〜……。よし、店で一番高いお酒にしよう。高ければ間違いなく美味いはず」
「なにそれ短絡的いいいい〜!!」
「失礼な男ですね。仕方ないでしょ気分の問題なんだよコレは。私は単に安い酒で酔いたくないだけです。だってなんかそれって悔しいじゃ〜ん?」
「まあ分からんでもないけど……。で、おつまみはどーする?」
「勿論この一番高いチーズの盛り合わせにしまーす」
「だと思った!! お金のかかるヤツめ!!」
と、文句を垂れつつもレヴァイアは店員を呼びつけてちゃんと言われた通りの品を注文した。
「それにしても賑やかですね」
静かに流れるピアノの音色を掻き消すように店内は大きな笑い声が木霊し続けている。彼らが主に交わしている話の内容は……ちょっと品の無い話が主のようだ。もしもこの場にラファエルがいたら5分と経たずに「不潔だー!!」と叫んで耳を塞ぎながらのた打ち回っただろう。なんだか物凄く鮮明に想像がついて危うくバアルは一人で吹き出しかけた。
「だろ。これ天界でも暫く見なかった光景だよな」
口に咥えた煙草に火をつけながらレヴァイアが店内を目で見渡す。
「確かに」
天界では泣き声と落胆の声ばかりが響いていたものだ。それがどうしたことだろう。この光景を見ると失敗に終わったとはいえ反旗を翻した自分たちの行動を誇れる気がした。
「これもどっかの誰かさんと誰かさんの手厚い加護の賜物ですね」
「主に俺のこと?」
そうレヴァイアが茶目っ気たっぷりに微笑むとほぼ同時に店員が注文の品をテーブルに届けてくれた。琥珀色のウイスキーと店で一番高価な赤ワインと美味しそうなチーズの盛り合わせだ。
「どうぞごゆっくり」
店員は一礼するとすぐに違うテーブルの元へ歩いて行った。
「はーい。……じゃ、王様の酒場デビューを祝して乾杯」
笑顔でレヴァイアがグラスを差し出す。
「ありがとう。乾杯」
チンッとグラスとグラスを当てて鳴らし、二人同時に酒を一口。バアルが喉に流し込んだワインは高価なだけあって期待通りの味がした。チーズもだ。
「お味はどう?」
「うん、なかなか悪くない。……ところで貴方は本当にいつもこの席で飲んでるんですか?」
此処は一番奥の席ゆえに賑わいからは少しだけ外れている。とどのつまり店内を一望出来る特等席ではあるが少しばかり周りとは空気が違うのだ。
「もっとド真ん中に居座ればいいのに」
「いいの此処で! 奥に佇む俺にわざわざ声をかけてくれるヤツとは間違いなく美味い酒が飲めるんだ」
「へえ〜」
成る程、彼なりのこだわりあってのことらしい。ところがこの日はなかなか奥のテーブルに寄ってくる者はなかった。みんな「こんばんは! 今日はバアル様も一緒なんですね!」と挨拶こそすれど寄っては来ない。
(今日は私が隣にいるから皆さんご遠慮なさってるのかな?)
だとしたら少し悪いことをしてしまった。隣で酒を飲むレヴァイアは何も気にしていない風だがバアルとしてはやはり少し心苦しいものがある。
しかし、こりゃ帰った方がいいかな……と、珍しくバアルがネガティブな方向に考え始めた矢先、時間の経過と共に酔いが回って遠慮の無くなった悪魔たちが次々にこちらへやって来るようになった。どうやら心配は要らなかったらしい。「レヴァ様バアル様! 聞いてくださいよ俺昨日女の子にフラレちゃってさああああ〜!!」と嘆く者「こうなるって分かってたから俺はあの子だけはやめとけって言ったんですけどねー! 絶対に相性悪いからやめとけってさー!」と笑う者「いいじゃん俺なんか相手がいなくてフラれることすらねぇわ!」と更に嘆く者と彼らの語る話は様々であり、レヴァイアはそんな話を基本的に笑って聞いて「だからもっと優しくしてやれって言ったろ! 女って難しいんだから!」などと一丁前のアドバイスを返していた。
「俺が悪いの〜!? バアル様、俺が悪いんですか!?」
おいおい泣きながら男はバアルにも話を振ってきた。
「さてねぇ〜、詳細を聞かないことには判断つかないな。さあ、この王様に詳しく話してごらん」
これを皮切りに話はどうでもいい内容で大いに盛り上がった。
(そうか、これじゃあ毎日飲みに出掛けるわけだ)
だってこんなにも楽しい――大勢の住人たちと談笑しながらバアルは一人、納得した。
話はそのまま何処までも盛り上がり、気付いた時には時刻は明け方。まだまだ話は尽きない感じだったが「店長が過労で倒れちゃうからそろそろ店閉めるってよ〜!」という声でみんな渋々ながら解散することとなった。
「じゃあまた明日なー」
レヴァイアが一晩の酒を共にした仲間たちへ手を振る。
「さてと、帰ろうか」
「ええ」
行きと同じく帰りもあえて徒歩。明け方の空気は妙にしっとりしていてなかなかに美味しい。せっかくだから堪能した方が得である。ちなみに通りにはまだ眠ろうとしない元気の有り余った人々の姿が多く見受けられた。彼らはまだまだ仲間たちと遊ぶ気なのだろう。一日一日を惜しむように過ごすのは良いことだが、……いやはや、その逞しさには惚れ惚れだ。
「酒場の雰囲気はどうだった?」
「ああ、楽しかったよ。私の国策が間違ってないことを直に確認出来た。ああいう声を聞ける場所は貴重です」
「え? ああいう声って?」
今日はみんな殆ど下ネタトークしかしてなかったけど……とレヴァイアが納得いかないのも無理はない。これは話が大いに盛り上がっている最中にレヴァイアがトイレに立った間のこと、一人で席に残ったバアルは酔いが回って恐れ知らずと化した男たちに「隙あり! 今が王様と喋るチャンス!」とばかりに取り囲まれ「バアル様の政治は最高ですよ!」「誰一人として不満を漏らしてません!」「毎日が楽しくて仕方ないですよ!」と次々に肩を叩かれたのである。当時まだ若干神経質だった普段のバアルなら「テメェ誰に気安く触ってんだ!」と激高したかも分からない。だが今日ばかりは笑って許した。それだけ機嫌が良かったのだ。
話を聞いたレヴァイアは「アハハッ! 成る程ね、そんなことがあったのか!」と笑った。
「そーいやお前、結構しっかりみんなと喋れてたな」
「何を言う。根は貴方よりも社交的に出来てますよ私」
一応は、と付け足してバアルは風に乱れた髪を軽く掻き上げた。
「なあ、また一緒に行こうよ。前まではたまにサタンとも鉢合わせたけどアイツ最近リリッちゃんに構いっきりで付き合い悪いんだわ!」
「へえ〜。坊や、お兄ちゃんに相手してもらえなくて寂しいのかい?」
茶化すとレヴァイアは一瞬ムッと頬を膨らませた後「まあね!」と素直に答えた。
寂しいから一緒に行こうと言われては断れない。
翌日も、その翌日もバアルは酒場に同行した。
「なんだか集う顔ぶれにあまり変化がありませんね」
3日目にバアルが言うとレヴァイアが「あれ、今更?」と笑った。
「そーなんだよ、なんでか毎日同じ面子ばっか集まるんだよな此処。アイツなんか毎日飽きもせず必ずあの席で干し肉をつまみにウイスキーのロックをチビチビやってるし、向こうのアイツは店に来るとまず真っ先に店員の姉ちゃん捕まえて新作メニューがあるかどうか聞くんだよな」
「何気に周りをよく見ているね貴方」
そんなレヴァイアも此処に来ると行動に一定のルールがあるように見えた。席に座るなりまず煙草に火をつけ、煙を吐きながら店員に渡されたメニュー表を一通り眺めるものの最初に注文するのは必ず同じウイスキーのロックだ。
(そんな私も決まって同じワイン、か)
他のものを口にしてみようかなーと思いはするものの、結局いつも通りの注文をしてしまう。
「ま、皆さん習慣になっちゃってるんでしょうね」
きっとこれは各自が無意識に設けた儀式のようなものなのだろう。昨日はとても楽しかった、だから昨日と同じ行動を取れば今日もまた楽しい時間が過ごせるのではないかというささやかな祈りだ。
この場にいるものはみんながみんな日々を淡々と過ごせることがいかに贅沢か知っている。毎日の小さな奇跡くらい祈りたくもなる。
この日も店で顔を合わせた全員でとても楽しい時間を過ごした。よってバアルは翌日も、その翌日も酒場に同行した。だが、とうとう7日目で疲れが出て「今日はもういいや」とギブアップ宣言。まさか魔王が酒の飲み過ぎ程度で身体に負荷が掛かるわけもなし、この疲れは気疲れによるものだった。今まで賑わいに満ちた空間とは距離を置いて生きてきたバアルだ、どんなに楽しかろうと慣れない空気を吸い過ぎたのだろう。「しょーがねーな」と笑ってその日はレヴァイア一人で飲みに出掛けて一人で明け方に上機嫌で帰ってきた。そして寝起きのバアルと鉢合わせするなり「今日はバアル様どーしたの喧嘩でもしたのってそればっかり聞かれたよ!」と苦笑いした。
(お前ばっか楽しい思いしやがって)
胸に込み上げるよく分からない疎外感。バアルとしてもあの空気を知ってしまったからにはもう大人しく留守番などしてやれない。よって身体と相談してとりあえず3日置きに酒場へ同行することに決めた。日々の楽しみが増えて毎日がより充実したものになったのを肌に感じた。
それから暫くして、戦争があった。その詳細はこの場では省略しよう。
とにかく破壊の化身であるレヴァイアは戦争が起こるとその心に多大な負荷を背負ってしまう運命にある。ゆえにバアルはレヴァイアに暫く城へ篭もるよう勧めた。だが彼は聞かなかった。頑なに聞かなかった。彼がバアルに逆らうなど実を言うと相当に稀なことである。
(何か頑なに足を運びたい理由があるのか……?)
あのサタンですら今は大人しくしているというのに……。だが、ここまで言い張るなら仕方がない。けれど絶対に一人では行かせない――。
後日、街がそれなりに落ち着いたタイミングで「今日は飲みに行く」と言い張るレヴァイアにバアルが「ならば私も行く」と告げたところ、予想に反してレヴァイアは拒むことなく「じゃあ一緒に行こう」と簡単に同行を認めてくれた。ますます彼の考えが分からない。
その日の酒場は戦いの労をねぎらって酒を飲みに来た悪魔たちで賑わっていた。変わらずの盛況っぷりだ、しかし……すぐに馴染みの顔ぶれが減っていることに気付いてしまった。店内を包む空気もいつもより重たい。戦争の後だ、当たり前といえば当たり前なのだが……。
「どうして言わなかった?」
席に座るなりバアルはすぐレヴァイアを問い詰めた。人の死を嫌でも察してしまうレヴァイアは既に顔馴染みの男たちが何人か死んでしまった事実をとっくに把握していたに違いない。なのに何故言わなかったのか。
「さてね、どうしてかな」
笑って誤魔化してレヴァイアは煙草を吸いながらいつものようにメニューを軽く眺めていつものウイスキーを注文した。
周りの会話に耳を澄ませば「アイツ死んじまったなあ」だの「俺の隣近所のヤツも死んじまったよ、結婚したばっかなのに」だの「アイツなんか子供生まれたばっかだぜ」だの、聞こえてくるのは気の滅入る話ばかりだ。
「ほら、お前は何を注文するんだよ」
「え? あ、ああ……」
レヴァイアにメニューを差し出されてバアルは我に返った。
「いつもの」
それは自然と口に出た言葉だった。
(やっぱり、何がなんでも止めるべきだったかな)
今日はいつも笑い声で掻き消されているピアノの音色がよく聞こえる。重苦しい空気の中で飲む酒はいつもより味が落ちているように感じた。
(今日は早めにレヴァイアを連れて帰ろう)
いつ帰ろうかとタイミングを窺いながら1杯、また1杯と酒が進む。そしてどれくらい時間が経った頃だろうか「あの野郎、俺より先に死んじまいやがってー!!」と酔いの回った一人の男が盛大に泣き出したのをきっかけに「泣くなよ俺だって我慢してたんだからあああああああ!!」「や、やめろよお前らー!!」とドミノ倒しの如く次々に男たちの涙腺が決壊し始めた。
「だから俺は言ったんだよ前線には突っ込みすぎるなってさあああああああ!! ラファエルと鉢合わせたら絶対に殺されちまうもん!! なのにあの馬鹿、俺の言うこと無視しやがってええええええええ!!」
「お、お前のせぇじゃねぇよ自分責めてんじゃねーよ馬鹿ぁああああああ!!」
みんながみんな大号泣である。
「あーあ、始まっちゃった」
呆気にとられるバアルをよそに、レヴァイアはこうなることが分かっていたようだった。
「ちょっと慰めてくる」
「ええ……」
ちょっと慰めてくる、そう言ってレヴァイアは席を立つと特に大号泣している男二人の肩を後ろからガッシリと捕まえた。
「泣くな泣くな!! アイツらの死はこの俺と兄貴と王様が絶対無駄にはしないからよ!!」
「レ、レヴァ様あああああああああああ!!」
「ありがとうございますレヴァ様あああああああああああ!!」
傷心の悪魔たちにとってこれ以上に心強い言葉はない。彼らは「ありがとうございます! ありがとうございます!」と感謝を口にしながらレヴァイアに縋って子供のように泣き続けた。しかし泣くというのは相当に体力を消耗する。やがて泣き疲れた彼らは「そーいやアイツは干し肉をかじりながらチビチビ飲むのが好きだったなあ」と故人に思いを馳せ、故人が好きだった酒を注文したり故人との思い出を語り始めたりした。気付けばそれは自然とただの笑い話に発展し、酒場にいつもの騒がしい笑い声が木霊した。
ただいつもと違うのが、その話の中心である人物がこの場にいないことである。
一時はどうなることかと思ったが酒場での時間は笑顔で過ごすことが出来た。けれどバアルは見逃さなかった。いつも通りを装っていたレヴァイアではあるが、灰皿に溜まった煙草の吸い殻がいつもより遥かに多かったことを。それに何故かは分からないが帰り際、店主から酒瓶を妙に買い込んでいた姿も異様だった。まだ飲み足りないのだろうか……。
「レヴァイア、貴方は暫く酒場に行かないほうがいい」
いつも通り明け方のしっとりとした空気が漂う街を歩いて帰宅している時にバアルは意を決して告げた。
「なんで?」
振り返ったレヴァイアはバアルの意図を全く理解していないのか、ただただ目を丸くした。
「なんでって……。とにかく行かないほうがいい」
戦争の際は幾重もの結界が張り巡らされる。ゆえにサタンやレヴァイアの巨大な力や何処までも見渡せるバアルの目があろうと全ての仲間を守ることは難しい。それは誰もが頭では分かっていることだ。だが、分かってはいても自分を責めてしまうのがレヴァイアという男だ。
(酒場に足を運んでは、嫌でも責任を感じてしまう)
空席の目立ったあの酒場に足を運んではいけない。だが当の本人は「大丈夫だよ」と笑って意に介さなかった。
「大丈夫だよ。今日だって楽しかったろ」
「それは、まあ、そうだけど……。でも、心配だ……」
「大丈夫だってば。つーかよ、自分を責めてるのはお前の方なんじゃねーのか?」
「私?」
まさかの反撃にバアルが顔を上げると、してやったりなレヴァイアと目が合った。
「だってお前、さっきから言葉遣いが崩れてるぜ」
「な……! 茶化しやがって! こっちは真面目に心配してやってんだ!」
「アハハハッ! 分かってるって! でも俺は大丈夫だからさ」
言って彼は帰路を少し逸れた。「何処行くの?」と聞くと「寄り道」という簡潔な答えを返された。「私も一緒に行こう」と言うと「ああ、いいよ」と軽く頷いてくれた。
着いた先は、墓地だった。此処で何をする気なのか……。心配して見つめるバアルの前でレヴァイアは酒場で馴染みだった男たちの墓に生前彼らが好きだった酒を丁寧に供えて歩いた。彼が帰り際に沢山の酒瓶を買い込んだ理由はこれだったのだ。
「ま、こんなことしても意味ないかもしんないけど一応さ、お気持ちってヤツだ」
「そう……。貴方は、一人一人の好きだった酒を全部覚えているの?」
聞くと「まあ、ね」と若干歯切れ悪く返された。彼が『忘れる』という当たり前のことが一切出来ない不器用な男であるとバアルが気付くのはそれからまた少し先のことである。彼は一人一人の顔も声も好きだった酒も一度見てしまえば全て記憶に刻んでしまうのだと。
「レヴァイア、やっぱり暫くあの酒場には――」
「そうもいかないよ」
故人に酒を配り終えたレヴァイアがバアルの言葉を遮った。
「嫌でものしかかってくるんだ、黙って内に篭もるよりああして生きてる誰かを慰めてる方が気楽なんだよ。それに……」
それに、と言って彼は一呼吸おいた。
「それに、俺だけは変わらずあの場所にずっといてやれるから。それがいつかきっと大きな意味を持つと思うから」
「大きな意味、か……」
「だってこの戦いは長く続きそうなんだろう?」
「まあ、ね……」
ここまで言い張るからには止める術はなさそうだ。自然の理から少し外れた場所にいる存在として彼なりに何か思うところがあったのだろう。
「フンッ。いいよ分かったよ。そんなに言い張るなら勝手に行け」
突き放すとレヴァイアは笑顔で「はーい」と答え、本当にその次の日も、その次の日も暇さえあれば酒場へと律儀に通った。心配でバアルも7日に一度は同行するようにした。だが、今回ばかりは取り越し苦労だったようだ。
2週間も経つ頃には酒場は笑い声だけが木霊す元の姿を取り戻し、2ヶ月が経つと空席だった場所に新しい客が座るようになった。3ヶ月が経つ頃には店に新しいメニューが幾つか増え、馴染みの注文を少し変える客が増えた。そうして暫くが立った頃にまた戦争が起こって馴染みの顔が何人か消え、それでも2週間も経つ頃には酒場は元通り笑い声だけが木霊すようになって、……これを何度繰り返したことだろう。
気付けば3日置き、7日置きと定期的に酒場へ同行していたバアルもすっかり「気が向いたらついて行く」という適当なスタイルを身に付けていた。
やがてバアルが初めて酒場に同行したのがいつだったかすら忘れてしまった頃のことだ。たまたま気まぐれで酒場に同行したある日、いつもの席でいつもの酒を飲んで軽く酔いが回ってきた頃合いで一人の青年が「レヴァ様、バアル様、どうもこんばんは」と朗らかに声をかけてきた。
「俺、酒場に来て飲むの初めてなんですよ」
「へえ〜」
成る程、挙動が初々しいわけだ。聞けば、物心ついて間もなくに亡くなった父親がこの店の常連だったのだという。
「ああ、アイツの子か。どーりで見た顔だと思った! そっか、あの坊主が酒の美味さの分かる歳にまでなったか〜。おいで、此処に座りなよ」
言ってレヴァイアは青年を隣に招いた。しかしバアルは彼が誰の子であるか思い当たらない。「誰?」とレヴァイアに聞くと「干し肉の男」と小声で教えてもらえた――が、それでも誰のことだか思い当たらない。
「ありがとうございます。あ、あの、もし良ければ、俺の親父の話を聞かせてもらえませんか。俺ほとんど親父のこと知らなくて……。何か知ってれば、是非」
おずおずとレヴァイアの隣に座った青年が何処か申し訳無さそうに聞いてきた。
「いいよ。でも何から話そうかなー。とりあえずこの店にいる時のお前の親父さんはいつも決まった酒と干し肉ばっか頼んでたよ」
レヴァイアの表情は穏やかだ。話に交ざれそうにないバアルはワインに舌鼓を打ちながら様子を見守ることにした。
「決まった酒と干し肉? それってまだこの店のメニューにあります?」
「あるよ。頼んでやろうか」
「はい、是非!!」
この青年の返事を受けて早速レヴァイアは店員を呼びつけて思い出のメニューを注文した。だがバアルには未だしっくり来ない。
(誰だよ干し肉の男って……!)
記憶力は悪くない方だ。だが相当に昔の話となると僅かなヒントでは思い出せない。
そうして記憶を辿っている最中にテーブルへ干し肉とウイスキーのロックが届き、青年はそれを「へぇ〜、これが親父のいつも頼んでたメニューかあ」と目を輝かせて賞味し始めた。
「そう、そればっか飽きもせず毎日毎日。そんなに美味いのかと思って俺も一回真似して頼んでみたけど、まあ、続かなかったな」
「アハハッ! でも美味いには美味いですよコレ! 妙にクセんなるっていうか、このままずっとチビチビと飲めちゃうの分かる気がする!」
(……あっ)
ここでようやくバアルは『干し肉の男』の顔を思い出した。いつも決まった席で干し肉をかじりながらチビチビと飲んでばかりいた男――この青年はその男に瓜二つ。特にそうして干し肉をかじっている姿はまるで生き写しのようだった。
「じゃあお前も今日からそれしか頼まなくなるのかな」
「いや、流石にそれは多分ないと思います!」
とは言うものの青年は干し肉をつまみにウイスキーを美味しそうに飲み続けた。そして、唐突に泣き始めた。
「う……っ、うう……!」
声を詰まらせての咽び泣きである。父親が好きだった酒を飲んで色んな思いが込み上げたのだろう。本当なら此処でこうして実の父親と肩を並べて酒を飲みたかったに違いない。
レヴァイアはそんな彼の頭を大きな手でガシガシと撫で「それ、俺の奢りな」と笑顔を向けた。瞬間、バアルはレヴァイアが頑なに酒場へ通い続けた理由が少し分かった気がした。
そうだ、レヴァイアは不変の存在として自分に出来ることをこの場に一つ見出したのだ。嫌な記憶だろうとなんだろうと忘れられないことを不幸に思うことはない。こうしてその記憶を糧に前を向いてくれる者もいるのだから――――。
それから更に途方も無い時が流れてもなお、レヴァイアは毎日という程ではなくなったが相変わらず定期的に酒場へ顔を出し続けていた。
店内はすっかり近代化が進み、テーブルと椅子の材質も照明の明るさも店員たちの顔も変わってしまった。だが、賑わいの度合いは変わらない。酒が入った悪魔たちが口にする話題も根は同じだ。大体が仕事や色恋沙汰の愚痴である。
レヴァイアはそこへいつからか牢獄から出てすぐに街で話題の人となった白髪の大罪人カインをよく連れて行くようになった。理由は「なんとなくアイツと飲んだら楽しいだろなと思って」とのこと。
途方も無い年月を真っ暗な密室で一人過ごしたカインは最初こそ場に馴染めず会話に入ろうとしなかったが好奇心旺盛な悪魔たちに取り囲まれて「牢獄ってどんなだったの!?」「なにされたの!?」と質問責めに合うなり痛々しいにも程がある持ちネタを披露してすぐに打ち解けてみせた。今では店に入るなり唯一無二の赤い瞳をギラつかせて自ら「今日も拷問の話を詳しく教えてやろうか」と振り「ひいいいいいい!! 痛い話はやめてえええええええ!!」と悪魔たちが怯える様を楽しんでいるらしい。
そんなわけで今日もレヴァイアは「カインと飲みに行ってくる〜」と告げて意気揚々と出掛けて行った。
(はて、あの無愛想なお兄さんがどう溶け込めているのやら)
カインに興味をそそられたバアルが黙って後から酒場に向かうと、いつもの席にて腹を抱えて笑い続けているレヴァイアとやけにグッタリと肩を落としているカインの姿を見つけた。
レヴァイアが家を出てから1時間は経っているはずだが二人ともまだ店に来たばかりのようだ。理由を聞くと「うるせぇな! アタシも行くアタシも一緒に行くって言い張る女帝様を止めるのに苦戦したんだよ!」とカインが苛立ちながら答えてくれた。
「こ、この強気な男がルーシーにしがみつかれてタジタジになってやがんの! ヒヒヒヒッ! 腹いてえ〜!」
まだまだ笑い止まぬ様子のレヴァイアである。
「アハハハハッ! それはそれは災難でしたね!」
堪らずバアルも大笑いすると「アンタまでそんなに笑うことねーだろ!!」とカインはますます目を吊り上げた。
「まあまあまあ、とりあえず飲みましょう飲みましょう」
カインの肩をポンポンと叩いて隣に座り、バアルは「いつもの」と高級ワインを注文した。
「つーか、アンタもこういうとこで飲むんだな」
意外だ、とカインが目を丸くする。
「ええ、気が向いた時だけね」
答えてバアルは改めて店内を見回した。……酒を片手に他愛のない話で盛り上がる悪魔たちがそこにはいた。成る程、相変わらずだ。やはり時は流れても人の営みはそう容易く変わるものではないらしい。
しみじみしながらバアルはテーブルにあったカインが頼んでいたと思われる生ハムを一枚くすねて口に入れた。すると真似るようにカインを挟んで隣に座るレヴァイアも生ハムをくすねた。
「だあああああ!! お前らそれ俺のツマミだぞ!! 食いたいなら自分で頼めよっ!!」
気付いたカインが声を荒らげた。ふむ、薄々感付いてはいたが彼はどうにも子供っぽい面があるようだ。
「おやおや、ハムの一枚や二枚で激高するとはカインはお子様ですね」
「なんだと!!」
丁度その時バアルのワインがテーブルに届いた。すると何を思ったかカインはその赤ワインが注がれたグラスを引ったくるように奪って中身をグイッと一気に飲み干してしまった。
「いやあああああああああ!! それ私のお酒ー!!」
待ちに待っていた酒を奪われてそれはもう王様大絶叫。
「ざまーみろ、お前もお子様だッ!!」
見事にやり返した形である。側で見ていたレヴァイアは「カインは恐れ知らずだなあ」と心底感心した。なにせあのバアルから酒を引ったくるなど恐れ多くて誰も出来ないことである。
「でもお前そのワインってば1杯でお前の小遣い軽く吹っ飛ぶお値段だぞ、大丈夫か?」
「え?」
勝ち誇っていたカインの表情が一変して強張った。
「テメェ、払えよ代金……!」
「あ、いや、えっと、……生ハムどうぞ」
ドスの利いた声で凄むバアルへ生ハムの皿をそっと差し出すカイン。金額の差を考えたら全く釣り合いは取れないわけだが……。
「仕方ない、私は寛大だから許してやろう。なにせ私は大人だから!」
「ありがとうございます王様!!」
柄にもない口調で感謝を述べるカインであった。
まあそんな小さなトラブルはあったものの無事に酒は進み、ほどほどに酔いも回ってきた。周りの悪魔たちも親しげにバアルたちの座るテーブルを取り囲む。「アタシも後から絶対に顔を出してやるー!」と言い張っていたというルシフェルは結局顔を出しそうにはない。それもそうだろう。留守番してろと言われたら文句言いつつもちゃんと留守番するのがルシフェルという娘だ。その分のフォローはもちろん大事だが。
バアルはレヴァイアがトイレに立った隙に「いつも二人でどんな話をしているの?」とカインに尋ねた。すると「いつもレヴァイアが一方的に喋ってる感じだな。周りにいる奴らのどーでもいい情報をヤケに詳しく教えてくれるんだわ」と話してくれた。それが外を知らなかったカインにとってとても楽しい話であることはその穏やかな表情から容易く察することが出来た。
そして更に酒が進んだ頃のこと。ふとレヴァイアが混雑極まってきた店内から一人の男の顔を見つけて「よお、干し肉ボーイ。久し振りだな!」と立ち上がって手を振った。すると「もうボーイって歳じゃないって600年くらい前から言ってるじゃないですかあ〜!」と嘆きながら一人の派手な男がテーブルにやって来た。
「干し肉ボーイ?」
ご機嫌取りのためにせっせとバアルにお酌をしていたカインが首を傾げた。
「ああ、コイツめこの店に来ると飽きもせずにビーフジャーキーとウイスキーしか頼まねー変わり者なんだよ。だから干し肉ボーイ」
「俺がそんなんなったの元はといえばレヴァ様のせいですからね!!」
「あー、あの坊やか。立派になりましたね」
「え? あ、ど、どうもです……!」
バアルが微笑むとつい先程までの尖った態度は何処へやら、急に干し肉ボーイは照れてみせた。
「テメェ俺の前とは随分態度が違うじゃねーか……!」
若干不服なレヴァイアである。
「ってゆーか話が見えねーなあ。詳しく教えろよ」
カインが興味津々に話へ割り込む。
「やあ、そんな大した話じゃないですよ」
言いつつも干し肉ボーイは嬉しそうだった。それもそうだ、自分に興味を持ってもらえるというのは嬉しいものである。
そう、自分の存在を語り継いでくれる者がいるというのは理屈抜きに嬉しいものだ。
そうして干し肉ボーイを交えてあれやこれやと話し込んでいるうちに窓の外が僅かに明るんできた。もう店仕舞いの時刻だ。
楽しい時間を過ごすことが出来た充実感を抱いて店を出ると酔って火照った身体を適度に冷やしてくれる明け方特有の湿った風が迎えてくれた。寒がりなカインだけは心地良いどころではなかったらしく「寒っ!!」と肩を震わせていたが。
「ほらよ、カイン。足しにしな」
別れ際レヴァイアはカインの手に銀貨を一枚手渡した。
「どうせ今日もルーシーの為に土産のお菓子を買ってから帰るんだろ?」
「あら意外と優しいんですねぇ」
レヴァイアとバアルが揃って茶化すとカインは「ああ!?」と顔を歪めて唸った。
「うるせーな! ゴキゲン取っておかねーと色々面倒クセーからだよ! ま、とにかく小遣いありがと! また明日な! バイバーイ!」
言うが早いか散々飲んだ後だというのにカインは黒いロングコートの裾を揺らしながら軽快に走り去っていった。
「はーい、バイバーイ」
「また明日なー」
そっちの方向には確か明け方から営業しているお菓子店があるんだよなあ、とニヤけながらバアルとレヴァイアの二人は去っていくカインの背中を見送った。
「何気にいい言葉だよな、『また明日』って」
ポツリとレヴァイアが呟く。
「急になに言ってんの? まあ、同感だけど」
こういう何気ない約束がどれだけありがたいものかレヴァイアとバアルは身を持って知っている。
また明日も会おう――こんなに嬉しいことはないのだ。
「さあ、帰ろうぜ」
「ええ」
今日もあえて徒歩で帰路を辿る。飲んだあとは必ず徒歩。昔からの習慣だ。
「ってゆーか危うくスルーするところだったんですけどレヴァ君、明日もまた飲みに行くんですか?」
思い出したようにバアルが問うと煙草を吸いながら隣を歩いていたレヴァイアは「当たり前〜」と笑って答えた。
「そりゃ行くに決まってんだろ。お前こそ明日も来たら?」
悪気など一切窺えない表情だ。やれやれ、カインと出会ってからまた彼は飲みに行く頻度が増えた気がする。いや、気のせいではない。確実に増えた。
まあ、それだけカインと飲む酒は美味いということだ。決して悪いことではない。
「ええ、気が向いたらね」
「じゃ、向いてくれることを祈るよ」
そのうちルシフェルも誘おう、と頭では考えているがお互い口には出さなかった。なにせルシフェルはまだ13歳。飲酒に年齢制限の無い魔界ではあるが、こういう酒場でしみじみ飲むにはまだ早過ぎる……と思いたい。彼女にはまだ子供であって欲しいという大人のワガママだ。その代わり対等に酒の飲める年頃になったと判断したその時はそれはもう毎日のように誘ってやるつもりである。教えてやりたい話がそれこそ山ほどあるのだ。今は亡き男たちがこれでもかと残したそれぞれの不思議な習慣と酒での失敗談には彼女もきっと大声で笑ってくれるに違いない。
END
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