【パパはだーれ?】
5.父親
ルシフェルは噴水の前で仁王立ちしていた。レヴァイアは隣で煙草を吸っていた。威厳を保とうとしかめっ面をしていたルシフェルだが、風下だったため煙草の煙にぶち当たり咳き込んでしまう。
「レヴァくん! こっちに来てよ。煙くるんだけど」
「お、悪い悪い」
放送をしてからまだ十分も経っていないというのに、ルシフェルはイラついていた。とうとう対決の時が来たのである。その緊張と負けてなるものかという熱意、そして憎しみが彼女を包んでいた。そんなルシフェルを見て、レヴァイアはこっそりため息をつく。ああ、なぜバアルがいない。俺一人じゃもう疲れたよ。愚痴は心の中で呟かれた。
「あ!」
ピリピリと嫌な空気が漂っていたが、それを破ったのはルシフェルの声だった。
「あれは!」
遠くからドドド、と地響きと共に人影が現れた。それは瞬く間にルシフェルたちに近づいてくる。
「ルシフェル!」
それはミミを抱えたカインと、双子たちだった。腹に響く声で、カインは言う。
「バカな真似はやめろ。今すぐ城へ帰れ!」
それに双子も続く。
「そうよ、ルーシーよく考えて! ミミちゃんのお母さんを倒したって、なんにもならないわ!」
「ルーシー! お願いだからミミちゃんを悲しませないで!」
抱えられたミミは、頭上で交わされる大声に目を見開くばかりだった。また、周囲にいた通行人も何事かと立ち止まる。しかし、ふいに立ち込めたルシフェルの怒気に、顔を伏せて慌てて去っていった。そこには逃げても仕方ないと思えるほどのルシフェルがいたのだ。
まさに般若。
「そんな言葉にほだされると思うかァ! 母親の味方をするってんなら、私も本気でいくわよ。さあ、レヴァくん!」
びしっとカインたちを指差して、ルシフェルはレヴァイアに視線を向けた。いきなりの指名に、レヴァイアはぽとりと煙草を落とす。
「は、え? 俺ェ!?」
「相手は子供含め四人。レヴァくんなら簡単に蹴散らせるわ! 行け!」
「いや無理無理! んなこと俺できないし!」
「貴様も裏切る気かァ!!」
「ぎゃー! ごめんっ!」
頭を抱えてバタバタと、レヴァイアはカイン側へ避難した。一人残ったルシフェルはさらに怒りを燃やし、もう一歩も近づけない。少しでも近付こうものなら、一瞬で消し炭にされそうな勢いである。
「おおお、おい。落ち着け、いいか、落ち着くんだ」
「子供抱えながら何言うか!」
あまりの気迫に皆が怯んだ時だった。遠くからすみませーん、と女性の声が聞こえてきた。それはだんだん大きくなり、彼女の姿がはっきり見えるようになると、嬉しそうなミミの声が噴水広場に響く。
「ママ!」
ヤバイ。そうルシフェル以外全員が思った瞬間、般若のルシフェルはいち早く彼女に近づいていた。
「ミミちゃんのお母さん?」
作り笑顔を張り付けて、ルシフェルはにこやかに問いかけた。その後ろを慌てて全員が追う。しかし、最悪の事態が起きる前に、またもや噴水広場に声が響いた。
「リサ! ミミはいたのか?」
「おや、みなさん。全員揃ってどうしたんですか?」
「バアルさーん、待ってくださーい」
現れたのはバアルと荷物を持ったミカエル、そして見知らぬ老人であった。真っ白な長髪を一つに束ね、真黒いサングラスをかけ、全身にシルバーアクセを散らしている老人は、皺こそあるもののとても若く見えた。ちょい悪オヤジ。そんな言葉がよく似合う。
彼を見て、ハッとミミは何かに気付いた。そして、カインの腕から逃れようとバタバタ騒ぎ、驚きながらも丁寧にカインがミミを地面に下ろすと、一気に駆けだした。大声を上げながら。
「パーパー!!」
「は?」
ミミは彼に抱きついた。彼も愛おしそうにミミを抱きしめる。
「おお、ミミ。心配したぞ。どこ行ってたんだ」
「ミミね、お城!」
「まったく、ルシフェル様に迷惑をかけちゃダメだろ」
「ごめんなさい!」
パパ。ミミがそう言って抱きついた彼がそれを受け入れたということは、一体どういうことか。一同は突然の出来事に固まった。怒りに燃えて般若と化していたルシフェルも然り。
何がどうなっているのだ。
「どうしたんですか?」
その疑問を首を傾げているバアルにぶつけたのはレヴァイアだった。
「あのさ、ミミちゃんの父親って……あの人?」
「ええ。そうですよ」
バアルはあっさり言ってのける。
「年の差、ハンパないってかさ」
「愛に年の差なんて関係ないでしょうに」
「いや、まあ、そうだけど」
口ごもるレヴァイアに代わり、次の質問をしたのはデイズだった。
「なぜバアルさんがあの人と一緒に来たんですか?」
「彼、デザイナーなんですよ。服を買いに行ったら店にいましてね。お話してたんですが、奥さんから娘さんがいなくなったという連絡を受けて仕事を切り上げたんですよ。その時私の買い物も終わってましたから、ミカエルと共にお手伝いしますと申し出た訳です」
「……今までの修羅場って、一体…」
「ミミちゃんの勘違いだったってこと…? でもなんで」
ぽつりとバズーが呟いた時、彼、ミミの父親がサングラスをポケットにしまった。あ、と一同納得の声を上げる。
彼は見事なまでに真っ赤な瞳を持っていた。
「あなた、ごめんなさい。仕事中だったのに」
「いいさ。ミミが無事だったんだから」
「ミミ、今度から一人でどっか行っちゃダメよ」
「うん!」
ほのぼの温かな家族の団らんを目の前にして微笑んでいるバアルの側に、荷物を置いて呆然としているルシフェルとカインに呼び掛けているのはミカエルだった。おーい、大丈夫?と手を振ったり肩を叩いたりするが、二人は人形のように突っ立ったままだ。
「バアルさーん、ルーシーとカインくん、全然反応しないんですけどー」
「おかしいですね。そう言えばみなさん疲れているようですけど、何かあったんですか?」
バアルの問いかけに、答える者はいなかった。
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