【白雪姫ルシフェル】


3.逃げる姫

 森の花畑に白雪姫ルシフェルは佇んでいました。色とりどりの花に舞う蝶々。年頃の少女であれば誰もが微笑みたくなるこの場所で、ルシフェルは沈んでいました。
「すごく頑張ったのよ。アタシ主役だからものすごく頑張ったのよ…」
 そこで深く息を吸い込みます。
「なのに、何でいきなり台本無しで全編アドリブになるのよー!!」
 ルシフェルは花畑に膝を突きました。せっかくセリフ覚えたのに。その嘆きは風にかき消されます。
「一体、スタートからここまでの間に何があったっていうの……」
 泣きそうになりましたがルシフェルは我慢しました。でもアタシ、主役なのよね。そう考えると心が軽くなりました。主役、それも白雪姫。継母にいじめられる美少女。なんだかんだで最後は白馬の王子様に目覚めの…。
「キャー! でも、そういう話だし! 仕方ないし! 楽しみ…じゃなくて! やだ恥ずかしい!」
「あのールシフェルさん?」
 ルシフェルが一人じたばたしていると、遠慮がちに声がかかりました。声をかけたのは猟師レヴァイアです。
「レヴァくん!? いつからそこに!?」
「えーと、すごく頑張ったのよ、のところから」
「最初からじゃん! やだもう恥ずかしー」
 唇を尖らせるルシフェルにレヴァイアは笑いました。先ほどのバアルの威圧感と恐怖はもうどこにもありません。しかし、猟師の仕事はここからです。
「さてルーシー、とりあえず進めるか。あんま遅いとバアル怒るし」
「あ、そうね。アドリブになっても大筋は変わらないから、えっと」
「白雪姫ルシフェル、そのお命頂戴いたす!」
「そうはいくか、くせ者め!」
 ルシフェルはバサッとスカートを掴みました。
「捕まえられるものなら捕まえてごらんなさい!」
 残像を残す勢いでルシフェルは走り出しました。
「まさかの全力疾走!? 予想外! でも逃がすものか!」
 白雪姫ルシフェルは命を狙う猟師から逃げました。森の中は障害物が多くて走りにくいですが、小柄なルシフェルはあれよあれよと避けて行きます。レヴァイアはなかなか前に進めません。
「木が邪魔ぁ!」
「おーっほっほっほ! 森はアタシの庭みたいな――ぎゃっ」
「ルーシー!?」
 何かにぶつかったような音を残してルシフェルは姿を消しました。レヴァイアは木をなぎ倒しながら慌てて駆け寄ります。
「ルーシー大丈夫か! ……え?」
 ルシフェルは倒れていました。しかし、その横に豚も倒れていました。しかも非常に美味で名高い魔界名物、六本足の豚です。
「いったぁい」
 ルシフェルは起き上がりました。レヴァイアの手を借りて立ちます。幸い無傷でした。
「レヴァくん聞いてよ、いきなり豚が出てきてさ」
「あ、うん。これだよな」
「うわっ、高級食材!」
 なんでここに、というルシフェルの疑問にレヴァイアは答えられませんでした。
「こほん。ともかくルーシー、じゃなくて白雪姫。ここは見逃してやろう、今すぐ去るがいい」
「かたじけない、ではお言葉に甘えよう。で、レヴァくんどうすんの?」
「この豚を代わりにする」
「アタシの代わりが豚、だと…?」
「違う違う。持ってくのは中身……まあ大丈夫だから行きな。小人の家近いはずだから」
 ルシフェルは頬を膨らましつつ、背中を押されて歩き出しました。レヴァイアは見送ってから腕を回します。
「さってと、解体しますか」
 豚だからモツ鍋~トンカツ~。猟師からコックに変身したレヴァイアは鼻歌を歌いながら豚を解体し始めました。


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