【アザゼルの音楽祭】
2.魔界の驚愕
ところ変わって魔界。バズーは街で酒屋巡りをしていた。先日、レヴァイアとカインとの飲み会で『次はオススメの酒を飲み合おうぜ!』となり、時間の空いた今日オススメする酒を見繕いに来たのだ。飲み過ぎて二日酔いになると連動してデイズも二日酔いになり怒られてしまうので試飲はほどほどに抑えたが、十以上の酒屋を巡り目星をつけることはできた。
最後に寄った酒屋では好みの女性店員と出会い一時間ほどお喋りをして盛り上がったし、バズーとしては有意義な時間であった。酒を一ダース買わされて小遣いがほぼなくなってしまったけれど、彼女との楽しい時間を思えば苦ではない。
(かわいい人だったなぁ~。あの酒屋通おうっと。ふふふっ、もしかして俺にも春が来ちゃう? 来ちゃう!?)
ニヤニヤと笑いながら歩くバズーは細い横道に入った。この城下町は巨大ゆえに道も多く、大通りなどのしっかり整備された道を歩くよりも裏道や細道を歩いた方が近道になるのだ。
一ダースの酒瓶が入ったケースがカチャカチャ音を出し、それが壁に反響していく。そして突如、その音に足音が重なった。
「ん?」
自分と同じように近道しにきた悪魔がいるようだ。前方からの足音にバズーは若干端に寄った。しかし、視界に入った純白に足が止まる。
「あ、丁度よかった…。君、確かカインの知り合いだよね?」
白い服を来た金髪の天使がそこにいた。
「ぎゃあああ!! マスク天使ぃ!!」
大きな音を立ててケースが落ちた。
カインはもぐもぐと屋台で買った唐揚げを食べながら街を歩いていた。そろそろ上着を新調したいな~と服屋へ行った帰りである。ピンとくる上着が見つからなかったので諦めてぶらぶらしていたところだ。
途中、酒屋巡りをしているバズーと会ったが少し会話をしただけで別れてしまった。こうも時間を持て余してしまうとわかっていたらついて行ったのだが。
そんな取り留めのないことを考えながら歩いていたカインは、突然腕を引っ張られて路地へと連れ込まれた。殺気も悪意も感じなかったため抵抗もできなかった。驚いて慌てて腕を振りほどき、戦闘態勢に入る。
「誰だ! って、お前かよ」
「カインさん~!」
そこには泣きそうなバズーが居た。その表情は困惑に歪んでいる。
「どうしたんだ、酒屋行ってたんじゃなかったんかよ」
「その帰りに大変なことがあったんスよ!! とにかく来てください! 俺の手には負えない!」
「はあ?」
ぐいぐいと引っ張られるままについていく。道はどんどん狭くなり、街頭から遠のいて薄暗くなっていく。
「一体なんだってんだ…」
バズーは何をそんな必死になっているのか。カインはさっぱり理解できないまま足を動かす。数分後、前方にぼんやりと白色が見えた。歩きながら目を凝らす。
「やっと来た」
そう言って手を振ったのはマスクで顔を隠した一人の天使だった。先の戦争で殺し合いをしたばかりの天使だった。カインは思わず周囲を確認した。黒々とした建物が立ち並び、頭上には赤い空が広がっている。どこからどう見ても魔界である。そこにぽつんと場違いな天使がいる。
「おいおいおい、バズーさんよ、なにこれ。なんつー状況?」
ひきつった表情でバズーを見れば、彼は逃走体勢に入っていた。
「なんか楽器探してるらしいですよ。じゃ、あとは任せました!」
「待て、逃げんな!」
カインは首に腕を回しがっちりバズーを捕らえた。バズーはじたばたと暴れるが抜け出せない。
「放してぇ! もう俺のキャパ超えたんスよ! 帰らせて! 休ませて!」
「楽器探してるってなんだよ! 意味わからん! 天使が強襲しに来てそれを知ったお前が助けを求めてきたんじゃねーの!?」
「俺も天使軍が攻めてきたと思ったけど一人しかいないし、武器持ってないし、楽器屋教えてって言ってくるしぃ!! わっけわからん! カインさん知り合いなんでしょ! どうにかして下さい!」
「無茶ぶり!!」
大声での応酬でぜーぜーと息をつく二人に向かって、アザゼルはマイペースに言った。
「話は終わった? 僕の話も聞いてほしいんだけど」
空気を読まない発言に、カインもバズーも何も言えなかった。
アザゼルの話は至極簡単だった。音楽祭に馴染みのギターではなく新しい楽器で挑戦したいので手ごろな物を探している。たったそれだけ。どこもおかしくない普通の話だ。けれど魔界で天使が話す内容ではない。
「天界で探せよ…」
そこらへんにあった空き箱に腰をおろしたカインは頭を抱えた。天使軍と悪魔軍は敵対しているのだ。殺し合いをしているのだ。なのになぜこいつは単身で敵地に入り込みのんきに楽器探しをしているのか。
「…できるだけ珍しい楽器がいいなって。みんなが知らない楽器なら少し失敗してもわからないし」
バズーはカインの背中に隠れながら「あー」と声を出した。
「種類が豊富って点では天界より魔界に軍配があがるかな、確かに。悪魔って職人気質が多いし、チャレンジ精神旺盛だし、変なのいっぱい作るから」
アザゼルが魔界を選んだことは間違いではなかったと肯定するような発言に、カインは思わず突っ込んだ。
「だからって天使がホイホイ来る場所じゃねーだろ。アザゼル、お前も見つかったら即戦闘になって楽器どころじゃなくなるって想像しなかったのかよ」
「まあそこらへんは、こっそり適当な悪魔を気絶させて服借りればいいかなって」
「天使の癖に発想が追い剥ぎ!」
頭を抱えたカインだが、この頑固な天使を追い返す妙案は思い浮かばなかった。バズーはいろいろ諦めているのかどこからともなく取り出した酒瓶に口をつけている。
「バズー、何飲んでんだ」
「酒屋で買った酒です。飲まないとやってられねっス。カインさんも飲みます?」
「もらうわ」
悪魔と人間は並んでアルコールを煽った。その原因である天使は懐からメモ帳とペンを取り出している。
「とりあえず場所を教えてくれたら勝手にやるから、心配しなくてもいいよ。大事にはしたくないしね」
それで来週の音楽祭がなくなったら嫌だし、とのたまうアザゼルは敵地であるにも関わらずのほほんとしている。この図太い神経はどこで育まれたのだろう。生まれつきと言うならば彼を作り出した神に文句を言いたい。
カインとバズーは疲れた顔をしながら口をそろえた。
「「一人になんてできるかっ!」」
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