【アザゼルの音楽祭】
3.二人の隠蔽
ミカエルを見送ったカオスは周りを見回した。
白い服&目立つ髪色仲間としてカオスを気にかけてくれるミカエルが街案内をしてくれて数時間。ミカエルが『今日はレヴァ先輩とバアルさんのおやつを作るの~ん!』とスキップして行ったので、カオスの時間はぽっかり空いてしまったのだ。
「ん~…」
街から出て一人天体観測をするにしても、まだ少し明るい。どうしよっかな、と悩むカオスは持っていた杖で地面を鳴らした。この杖が倒れた方向へ歩こうか。目的という目先の物事に囚われ縛られるなどナンセンスなのだから。要するに何も考えずぶらつくのも一興だよね、である。
しかし、そんなカオスの思い付きは少女の声に吹き飛ばされた。
「あっれ、カオス?」
ひらひら手を振りながらやってきたのはルシフェルだった。この女帝は父親に似て非常にフランクである。害がないとわかるや身元不明のカオスにすら簡単に近付いてくるのだ。根っこの部分ではちゃんと用心しているらしく、そこに彼女の育ちのよさがうかがえる。
「やあ、ルーシーちゃん。奇遇だね」
「ホントね。アンタ目立つ癖にあんま出会わないし」
「隠れてるつもりはないんだけどね。君は買い物?」
「そ、デイズと一緒に」
立ち話をしていると小さな影がパタパタ駆けてきた。
「もうルーシー! 会計中にさっさと行かないでよ!」
「ごめんごめん。緑色が見えたからさぁ」
「緑色?」
そこでやっとデイズはカオスに気づいた。
「あっ、こんにちは」
「こんにちは。会計したんなら買い物終わりなの?」
「んーん、あとは目覚まし時計見に行くのよ。ね、デイズ」
「ルーシーが起きられる強力なのがあるとは思えないけどね…」
ルシフェルの城でぱっちり目覚めることのできる者はカインのみである。早起きな彼に起こされてモゾモゾとルシフェル達は活動を開始するのだ。しかし「たまには自分で起きろ、自立してる女が好みだ」とカインが言い放ってしまったから女帝は燃えた。
「だーいじょうぶ! デイズ、安心して! 愛の力があれば、どんな目覚まし時計でも起きれるさ!」
「愛の力で目覚まし時計なしで起きてほしいわ」
デイズはふと思う。カインはルシフェルを上手く誘導しているつもりなのだろうが、今回無事に彼女が一人で起きられた場合ゴールインに一歩近づいてしまうことに気づいているのか。好みだ、と言ってしまったのが敗因だとわかっているのだろうか。
わかってないんだろうなあ。デイズは後日起こるだろう痴話喧嘩に自分達が巻き込まれませんようにと祈りながらルシフェルの袖を引いた。
「浮かれてないで行くわよ」
「はいはーい」
「あ、僕もついてっていいかい?」
挙手をしたカオスに、ルシフェルは浮かれたまま快諾した。
カオスは並べられた時計の数々にキョロキョロ視線をさまよわせた。
「すごいね」
そんな感想しか出てこない。大きさも形もバラバラで一見無造作に積み上げたのかと思うが、よくよく見ればきちんと種類ごとに分けられている。
「掘り出し物もあるから小さい店だからって侮れないんだー」
ひとつひとつ手に取りながらルシフェルは言う。隣でデイズが「でも」と続けた。
「あんまり時計使ってる悪魔いないけどね」
「時間など視認しなくとも流れていくものさ。誰もが天体の如く小事にこだわらない気概を持っていたらいろいろ違ったのかもしれないねぇ」
「……デイズ、今のわかった?」
「私に振られても困るわよ…」
こそこそとデイズと話し合ったルシフェルは入ってきた入り口と反対方向を指差した。
「ここ、隣の楽器店と中で繋がってるから行ってみたら?」
暗に「お前との会話は疲れる」と言われたカオスは苦笑しつつ頷いた。
「オーケー。なんか面白いものがあったら教えるよ」
くるりと背を向け歩き出す。並べられた商品を眺めながら進んでいくと、楽器店にすぐ着いた。こちらも時計店と同じくみっしりぎっしり商品が並んでいる。
密度がすごいなあ、面白いものないかなあ。カオスが未知なるものに期待しているのを何かが感じてくれたのか、突然彼の目の前に未知なるものが現れた。真っ黒い布おばけである。
「………」
頭の先から足の先まで全身を漆黒の布で隠した姿は思わず言葉を失うほどだ。目はメッシュの布で覆われ、一応視界は確保されているらしい。かつての人間界にあった服装ブルカそっくりである。
「こんにちは」
臆することなくカオスは話しかけた。背丈から察するにこの布おばけは男性っぽい。魔界には様々な驚きがあるものだなぁ、とカオスは命の多様性に思いを馳せながら言葉を続けようとした。
「楽器を探してるの…」
「おおーっと! カオスじゃあないか!」
「こんな楽器店に何用ですかなっ!」
ずざざっ、と現れたのはカインとバズーだった。カオスの視界から布おばけを隠すように二人は並んだ。
「やあ、君たちもいたんだね」
「ああ、まあな。たまには楽器もいいなと思ってな。なあ、バズー!」
「そうですね、たまにはいいですよねっ、カインさん!」
「へぇー」
カオスは二人の後ろを見ようと半歩横にずれた。すぐさま二人も移動する。
「カオスさん! 楽器に興味があるならあっちがオススメですよ!」
バズーがカオスの服をちょいちょい引いて、布おばけと正反対の方向を指した。カオスはそちらをちらっと見てから尋ねる。
「面白いものあった?」
「そりぁあもう! ありまくりっスよ!」
「……え、良い楽器あったの…?」
ぼそり、と布おばけが喋った。カインが慌てて布おばけの口を塞ぐ。いや、口があるだろう箇所を押さえた。
「バカっ! 喋んな!」
「あれ、今の声って天……」
「かかかカオスさん! 気のせいです、気のせい!」
わたわたと両手で必死に言い募るバズーを見て、カオスはひとつ頷いた。子供をいじめる趣味はない。進んで誰かを苦しめようとは微塵も思わないカオスは慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「面白いものがあるならそっちに行くよ。ルーシーちゃんとデイズちゃんにも教えなきゃだな~」
「えっ?」
「はっ?」
ぽかんと口を開けたカインとバズーは固まった。ルシフェルとデイズがここにいる、だと……?
「ルーシーちゃーん、デイズちゃーん」
「カオス! てめぇ、待てッ! やめろ!」
「待って待って! マジで待ってぇ!!」
カオスは決して意地が悪い訳ではない。善でも悪でもない。そう混沌なのである。
アザゼルは楽器選びに集中していた。カインとバズーが調達してきた黒い布を頭からすっぽりかぶり、視界も狭いので周囲を気にせずガッツリ集中できたのである。多少動きづらいが、これは仕方ない。天使とバレてしまっては楽器が探せなくなってしまう。
(弦楽器はなぁ、他の天使とかぶりそうだし……)
さっさと終わらせて帰れと連れてこられた楽器店には、これでもかと楽器がひしめいていた。見たこともない楽器もいくつかある。どれがいいだろう。アザゼルは腕を組んで少しうなった。
「カインとバズーじゃーん。なになに、男二人で遊んでたの?」
「バズー、あんた楽器に興味あるの? 今まで聞いたことないけど」
聞こえてくる外野の声は完全にシャットアウトだ。アザゼルはそれだけ真剣に考えていた。さて、目の前にあるのは打楽器だ。しかし打楽器は音階が出しにくい。メロディーがある曲には不向きだろう。
「お、俺が連れてきたんだよ。なっ!」
「そっ、そう! カインさんに誘われてさ! な、なかなか悪くないな~って」
管楽器にしようか。いや、オカリナはヨーフィが、フルートはラファエルが得意だ。今から練習しても上級者との差が目立つだけだろう。
「挑戦するものは決まってるのかい?」
「えっ、挑戦? ええっと、ドラム……とか?」
「おい、バズー! そんな風に言うと」
鍵盤楽器は持ち運びが難しい。アザゼルは大きく息を吐いた。珍しくて、持ち運びやすい、音階が出る楽器はないものか。
「じゃあじゃあ、今度聞かせてよ! デイズだって聞きたいよね。カオスも気になるっしょ?」
「そうね。どのくらい上手くなるか確認してあげるわ」
「僕も楽しみにしてるよ」
「……えっ…」
「……言わんこっちゃない」
その時、悩むアザゼルは見つけた。運命の出会いであった。
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