【ミカエルの家出】
02.避難先
女帝の城に一人の天使がいた。顔を覆ってさめざめと泣くその姿は周囲に憐憫の情を抱かせる。さらりと揺れる水色の髪は彼の悲しみを繊細に彩り、白い肌に釣り合わない黒色の服装をわずかながらに隠していた。十人中十人が駆け寄り心配するだろう痛ましい姿である。
だが残念なことに、この城にそんなもらい泣きするような軟弱な心を持つ者はいなかった。よって、ルシフェルとカインは昼のワイドショーを見るがごとく「へー」「あら~」と気の抜けた相槌を打ちながらミカエルの話を聞くのだった。二人の手はミカエルに出された茶菓子(煎餅)をナチュラルにかっさらっていく。
ばりぼりばりぼり、まあ~そんなことが~、ばりぼり、へーバアルがなぁ~、ばりぼり。
「僕はバアルさんが大好きなだけなのにぃ~!」
レヴァイアを倒し、乙女のように可憐に泣きながらミカエルはここ女帝の城へやって来た。追ってきてくれるかな、なんて淡い期待は見事に外れ「出ていくなら着替えてから出ていけ!」と隕石級の氷攻撃を放たれ、なんとか避けて(いくつかは被弾した)頑張って逃げてきたのだ。だから城に着いた時には結構ボロボロであった。割とマジで命の危機を感じた。あれはヤバかった。城の玄関ホールに倒れこんだ際にこぼした涙は実は悲しみではなく、命が助かった安堵からだったのは秘密である。
「あそこまで嫌がらなくたってぇ……うぅ~」
何故愛は通じぬのか、という抽象的かつ哲学的な話にシフトしそうになった時、ふんわりと甘い香りが漂ってきた。時計を見れば三時。おやつの時間である。とことこと双子悪魔が現れ、テーブルにそれを乗せた。
「今日のおやつはホットケーキでーす」
「トッピングは各自でどうぞー」
ルシフェルは目を輝かせて立ち上がった。カインも続く。
「やった! アタシ、クリーム爆盛りで!」
「俺フルーツな。全乗せで」
言うだけ言って動こうとしない二人にデイズの叱責が飛ぶ。それを横目にバズーはミカエルの前にもどん!と皿を置いた。
「ほい、お前の分。はちみつはコレで、こっちがチョコな」
「わあ! おいしそう! ありがとう!」
食は世界を救う。ふわっふわであったか~いホットケーキにミカエルの涙は簡単に引っ込んだ。カチャカチャと各々が自分のホットケーキを作り上げていく。そうして出来上がった完成品を前に全員が「いただきます!」と手を合わせた。
幸せな一時である。
「そんで、ミカエルは何しに来たんだ?」
「重要な話? 私たちキッチンにいたから何も知らないんだけど」
もぐもぐと食べながら双子は首を傾げた。ルシフェルの手が止まる。えーと、と言い淀んだ彼女をミカエルはじっとりと半目で見つめた。
「……もしかして僕の話聞いてなかった……?」
責めるような声色に慌てて首を振る。しかし割と聞き流していた部分もあるため否定はできなかった。ルシフェルは助けを求めるように、同じくミカエルの話を聞いていたはずのカインへサインを送る。しかし白髪男は無関係だとばかりにルシフェルから若干離れ、無心にフルーツを食べていた。役に立たない。おいコラあとで覚えてろよ!
女帝は目を閉じ、必死に記憶を漁った。
「ええっと、バアルと……お揃いの服を……着たら…………怒られた……のよ、ね…?」
薄目を開けてミカエルの反応を見る。
「そう、そうなんだよ! ちゃんと聞いてくれてたんだねルーシーちゃん! ばりぼりお煎餅食べてただけじゃなかったんだね!」
「あ、あったり前じゃない! 大切なミッちゃんの話を聞かないなんてありえないわよ!」
にっこり笑いあう二人だった。乗り越えた達成感にルシフェルは意気揚々とホットケーキを頬張る。おいしい!
しかしそこで話が終わる訳がない。ミカエルはしょんぼりと項垂れた。
「どうすればいいかなぁ……」
バズーとデイズは顔を見合わせる。
「部屋着とか? バアルさんに見つからない所で着れば解決じゃね?」
「でも部屋でくつろぐような服じゃないわよ。今着てるのを見る限り」
そこにルシフェルも参加した。
「バアルが他の人にお揃いだと思われるのが嫌なら、だーれもいない場所に行く時限定とか」
「誰もいない場所ってどこ? 俺知らない」
「ええっと、荒野とか…?」
「ルーシー、せっかくおしゃれして行先が荒野って虚しくない? 私は嫌よ、それ」
「むむ~」
そこでずっと無言を貫いていたカインが顔をあげた。どうやらホットケーキ(十段タワー)を完食したようだ。
「つーか根本的なこと言うけどよ。ミカエル、その服似合ってないぜ」
一瞬で空気が凍った。
「うっ……それバアルさんにも言われた……でも着たいんだもん! うわーん!」
一斉に非難の目がカインに向けられる。
「カインさん、それはひどいっスよ」
「私もそれは……ないと思います」
「さすがのアタシも引くわ。ドン引き」
「んだよ、事実を言っただけだろ!」
大泣きするミカエルを左右から慰める双子は事態の収拾をルシフェルに任せた。なにせ女帝だ。彼女の声は鶴の一声。とにかく今日はお開きというところまで持っていってほしい。
しかしまだうら若き乙女ルシフェルは彼らの「もう終わりにしよう!」というアイコンタクトを正しく受けとることができなかった。
「よし! じゃあバアルをリスペクトしつつバアルが認めるファッションを見つけよう!」
「「違う、そうじゃない」」
双子の言葉は無視され、なぜかファッションショー開催が決定した。
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