【ミカエルの家出】


03.ファッションショー

 ずらりと並ぶのは服、服、服。城には今、魔界中の衣類が集まっていた。もちろん帽子から靴、アクセサリーも揃っている。それもこれもミカエルの新ファッションを見つけるためにルシフェルが行きつけの服屋に声をかけたせいだった。さすが女帝。
 中央には試着室もセットされており、テレビ番組のファッションコーナーでも始まるのかな?と思ってしまうほどである。あまりの仰々しさにカインは隅でちんまりしていた。なんでこんな大事になってるんだ。
 カインの失言でミカエルを泣かしたのが原因と言えば原因なのかもしれない。まあルシフェルの思考回路がアレだったことも八割くらい原因なのだけども、その一端を担ってしまった責任も多少なりともあるだろう。とまあ、手持ちぶさただったカインはこそこそと隠しおやつ(双子に見つかったら怒られる)を手にして「わぁ~」と純粋にワクワクしているミカエルに近づいた。
「おい」
「えっ、どうしたのん?」
「詫びだ、受け取れ」
 ぽんと放った丸いものをミカエルはキャッチする。おまんじゅうである。中身はこしあんらしい。ミカエルはカインとまんじゅうを交互に見て、彼が何のことを言っているのか察して笑った。
「いい服見つけてねん♪」
「あんま期待すんな」
 そこでピンポンパンとチャイムが鳴る。中央でルシフェルがマイクを握って張り切っていた。その傍らで双子は夕飯の相談をしている。どうやらコレで時間が押したら出前になるらしい。
『さあ始めるわよ! アタシとカインと双子の三グループに別れて、ミッちゃんに似合うバアルリスペクトかつバアルが認めるギリギリなファッションを提案。
 ちなみに見事ミッちゃんに選ばれた人は! 負けた奴らに一回だけなんでも命令する権利を得る! ってルールね! 今決めた!』
 天高く拳を振り上げたルシフェルへブーイングが飛んだ。横暴だ、の声は「アタシが女帝だぁ!」の叫びでなかったことにされた。これが圧政である。独裁である。ミカエルを除く三名は、負けた暁には徹底抗戦することを誓った。もちろん勝ったら何がなんでも命令する予定である。自分良ければすべてよし。
「この城のみんなって似た者同士だねん」
 しみじみと呟いたミカエルを無視して話は進む。
『全身コーディネートで、制限時間は一時間! いいわね! それじゃスタート!』
 ミカエルのため、ではなく己のために四人は飛び出した。



 一時間後、バチバチと火花を散らす四人のもとに一人の悪魔がやってきた。黒いスーツを着た背が高い彼女はどこから見ても出来る女である。
「ルシフェル様、ミカエル様の着替えが終わりました」
「ありがと店長」
 そう、彼女は店長だった。魔界のアパレル界を牛耳っているのではないかとまことしやかに囁かれる店長は多数の有能店員と共に今まで控えていたのだ。店員たちは、四人が真剣にコーディネートを考えている横でさりげなく商品の説明をしたり色違いの商品を持ってきたり、アドバイスをしたりと八面六臂の活躍をしていた。そんな彼らをまとめて采配をふるっていたのが店長だ。全員のその働きぶりはまさに職人の域。
 もちろんタダ働きではない。彼、彼女らが選んだ商品はお買い上げとすでに言質は取っていた。見た目だけでなく正真正銘の出来る女、それが店長である。
 そのことに気づかずに金ヅ……お得意様であり上客でもあるルシフェルは高々と言い放った。
「ミッちゃん、カモン!」
 シャッ! と試着室のカーテンが開く。そこから現れたのは、ほわほわした水色天使ではなかった。店長がマイクを握る。
『一番に目につくのはスタッズ付きのVネックカットソー。胸元できらりと光を反射し、視線を集めます。腰元にもOリングデザインベルトが光りますがこちらは控えめ。フラップ付きのガウチョ風パンツを引き締めています。
 足元は厚底レースアップブーツ。無骨に見える黒色を赤い靴紐が彩り、細く長い足をさらに魅力的に。全身に光が過剰かと思われるところですが、それが目立ちすぎないように羽織るのがロング丈のルーズジャケット。落ち着いた黒色が全身を包み込み、輝きをチラ見せ。しかしワンポイントにシルバーアクセを手と耳につけることで、存在感を確かなものにいたしました。
 髪型はワックスを使い遊びをきかせ、涼やかな目もとを僅かに隠し、ミステリアスな雰囲気を醸し出します。メイクは藍色をベースにあっさり目。
 きらびやかな魔王バアル様の隣に並んでも霞むことがなく、またバアル様を邪魔することのない新たなミカエル様を演出できました』

 一言で要約すれば、ヴィジュアル系バンドのボーカルである。

 姿見の前で「おおー」と一人で感嘆の声をあげるミカエルを見つつ、三人は評価を下した。
「ちょーっと気合い入りすぎ?」
「黒で攻めるのはいいけど柔和な彼には、ずれてないかしら?」
「似合ってねぇ」
 顔を見合わせて重箱の隅をつつくような意見を交わしあう三人はさながら小姑である。
「ちょっと! バアルと同じ黒ベースに細身のミッちゃんに合うファッションじゃん!」
 酷評に抗議するルシフェルにカインは指を突きつけた。
「お前の趣味も結構盛り込んでるだろ。アクセがごつい」
「うぐっ……。な、ならアンタは百パーバアルに添ったコーディネートが出来たっていうの!?」
 図星をつかれたルシフェルは悔し紛れに言い返した。しかしそこにあったのは余裕の笑み。
「はん、あったり前だろ。男同士の友情を見くびるな。おい、ミカエル。着替えてこい」
 二番目の披露はカインとなった。
『凛とした佇まいの中、重厚感あるのはやはり足元でしょう。チェーン付き厚底バックルブーツが男らしさを表しています。しかしサスベルト付きクロップドパンツが、その重苦しさを払拭。
 そこに無地のノースリーブカットソーが加わり、若干地味になるかと思えば、クロコダイル柄のヴィンテージ風ベルトがアクセントに。フード付きモモンガカーディガンを軽く羽織り、黒マスクをつければクールな装いになりました。
 髪はざっくり後ろへ流し、少しだけ乱れた風にしてワイルドさをアピール。メイクは目もとだけ濃く施してあります。
 大胆さをも併せ持っているバアル様に負けない、どっしりと個を主張できるファッションが完成いたしました』

 一言で要約すれば、パンクな若いチンピラである。

「似合わないです」
「似合わないっス」
「ていうかミッちゃん自身をマスクとかで隠しにいった時点でアンタは負けてるわ!」
 カインのコーディネートは満場一致で却下された。
「んだよ、バアルの服は凝ってないラフなの多いだろ! 素肌にコートとか! そこからラフでカジュアルを追い求めた結果だ!」
 店員にカメラで写真を撮ってもらっているミカエルを後ろにして、バズーは言った。
「でもバアルさんにアレ並べたら差がすごいと思う」
「ううっ!」
 デイズも続く。
「差っていうかジャンル違いも甚だしいと思います」
「ぐはっ!」
 カインはダメージを負った。
「……だったらテメーらのコーディネートを見せてみろ!」
「「もっちろん!!」」

『そこにあるのはすっきりとした上品さ、でしょうか。刺繍とラインストーンが散りばめられたドレスシャツの白さが色白の肌とマッチしています。ラメ入りネクタイの黒色と、四角形のスタッズが並べられたベルトは几帳面さを表しているかのよう。
 それらを彩るはロングテールのジャケットコートです。スマートなシルエットはとても紳士的。そこからのびるストライプのスリムパンツは細く長い足を見映えよく包み、厚底の編み上げショートブーツが洗練さを見せています。
 髪はひとつにまとめ、清潔さを全面に出しました。銀フレーム眼鏡が微笑みも理知的にしています。メイクはナチュラルで親しみやすく。
 美しく威厳あるバアル様をより引き立てる楚々とした佇まいの中に、出来る男の芯の強さをも表現できたのではないでしょうか』

 一言で要約すれば、堅苦しい秘書である。

 くるりとターンをしながら店員に動画を撮ってもらっているミカエルを背にして、ルシフェルとカインの声は揃った。
「「却下」」
「なんで!?」
「どうして!?」
 だってねぇ、と顔を見合わせた後に出た評価は真っ当であり辛口だ。
「完全にお付きの人じゃない。似合ってるけど」
「あいつが求めるお揃いとは程遠いぜ。似合ってるけど」
 正論である。ただ似合っていると認められたので、そこは誇っていいだろう。けれど最終的にミカエルが認めなければ意味がない。命令権だってもらえない。
「はっ! 待って、みんな聞いて! アタシたちだけでこうやって評価したって無意味よね? ミッちゃんに良さを売り込んで選んでもらわなきゃ意味なくない?」
 ルシフェルの言葉に三人とも雷に打たれたかのごとく衝撃を受けた。それもそうだ。それなのに自分たちはずっとミカエルを放ってばかりでモデル役しかさせていない。現に今、ミカエルが和気あいあいと話し合っているのは有能店員四人である。あ、店長も追加された。というかミカエルってばモデルの勧誘を受けている。まんざらでもなさそうだ。
「ミッちゃーん!!!」
 とりあえず四人はミカエルに突っ込んで謝った。無論その後、己のコーディネートをこれでもかと売り込んだ。


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