【ミカエルの家出】


04.先輩の助言

「うーん……ないかな!」
 結局誰も選ばれず終わったファッションショー舞台は、粛々と片付けられた。



「僕、もうあのお城に帰れないのかな……そしたらルーシーちゃん、よろしくねん…」
「ちょっと待って、うちに永住する気?」
 なんやかんやと夕飯(ビーフシチュー)を食べ終えてぐだぐだしているとミカエルのネガティブ発言は再開していた。バアルを褒め称える文言を垂れ流し、好意をこれでもかと吐き出し、この想いが通じないことにさめざめと泣き伏せる。最初から最後まで聞いてしまえば同情を禁じ得ないだろうが、結局は「お揃い着て歩きたい」というファンによくあるコスプレ願望である。
「ミッちゃんが諦めれば万事解決なんだけどねぇ」
「そこは譲れない」
「即答かい」
「だって何か月もかかったんだよ? お小遣い貯めて、お店と何度も打ち合わせて……」
「その熱意には敬服する」
「えへへ」
「褒めてない、褒めてない」
 そんな二人の耳にふと、足音が届いた。今このリビングに全員がいる。ルシフェルとミカエルはお茶を飲んでいるし、カインとバズーは煙草と酒について語り合っているし、デイズは新しく買ったキッチン用品を整理している。廊下から近づくのは一体誰だ。
 その足音が大きくなるにつれ、リビングに居た全員が気付き、入り口へと目をやる。強盗ではないだろう。空き巣でもないだろう。女帝に歯向かう者などこの魔界にいやしない。
「ハイ到着」
「……サンキュ、カオス」
 案の定、現れたのは敵ではなく知り合いだった。ズタボロになったレヴァイア、そしてそれを支えるカオスである。
「どっどうしたの! レヴァくん!」
「レヴァ先輩!?」
 どしゃりと崩れ落ちたレヴァイアに全員が駆け寄っていく。そっと話しやすいようにレヴァイアの上半身を支えるカオスは傍観モードだ。
「なんてひどい傷! バズー救急箱持ってきて!」
 デイズに言われて弾かれたように立ち上がったバズーを、レヴァイア自身が止めた。
「いい、んだ……」
「でも!」
 言い募る双子を押し留め、カインが前に出る。
「何があったんだ」
「ふっ……自業自得さ…それよりも、俺は伝えるべきことがあって来た……ミカエル」
「は、はいっ! レヴァ先輩、一体なにを…」
 ちなみに自分が一撃お見舞いしたことはすっかり忘れているミカエルである。

「お前はバアルに近づきたくてお揃いを目指した……それは見方を変えると「好かれたい」ってことなんじゃないか?」

 その姿は、風前の灯火である命を前に残されゆく者へ最後の助言を与える戦歴の猛者であった。
「好かれたい……確かに、僕はバアルさんに好かれたいです…」
「ならお揃いをするんじゃなくて、バアルが好きになってくれる服装をする……それが一番じゃあないのか」
「そ、れは……確かに。でも、でも僕、バアルさんが好きになってくれる服なんて知りません!」
「それを、伝えに来たのさ…」
「レヴァ先輩…!」
 感極まって涙目になるミカエルはレヴァイアの手を掴んだ。麗しき先輩後輩の図である。
「ミカエル、受け取れ」
 レヴァイアは懐から小さなガラス瓶を取り出して、ミカエルに渡した。見た目からでは何かわからない。そのままキュッとフタを開けてみれば、ふわっと香りが広がった。真っ先に反応したのは二人の一番近くにいたルシフェルである。
「この甘すぎず控えめで爽快感を与えてくるフローラルな香りは!」
 そしてバズーが続く。
「近づく動物を無差別にばっくり食べてしまう肉食植物マンイーターの香りだ!」
 デイズも驚きの声を上げた。
「たまに3m強まで成長して討伐隊が出動するマンイーターを原材料にした高級香水じゃない!」
 一気についていけなくなったのはカインただ一人であった。
「いろいろおかしい。それだけはわかる」
 そんなカインを置いて、レヴァイアは言った。
「バアルはこの香水がお気に入りなんだ。ということは?」
「ということは……はっ! マンイーターファッションはバアルさんのお眼鏡にかなう!」
「なんか変な方向行ってるぞ。止めなくてもいいのか」
 カインが同居人に顔を向けると三人とも思案顔だった。
「バアルさんをよく知るレヴァイアさんが言うなら…?」とデイズ。
「芸術性ってやつなんかなあ。理解できないけど」とバズー。
「芸術…? そう言われるとマンイーターファッションも高尚なような気が…」とルシフェル。
 カインは頭を抱えた。しかし話はいつの間にかマンイーターファッションのデザイン提案から布などの材料調達にまで発展している。どうやら手作りで行くらしい。レヴァイアが言うのならとミカエルは真剣だし、カインを除く三人も乗り気だ。こんなところで魔王のカリスマを発揮しないでほしい。
「俺がおかしいのか? これが魔界の常識なのか? いや、いやいや自分を信じろ俺、絶対違う。なんか違うって」
 ぶつぶつと呟くカインの肩に手が置かれる。振り返ると、カオスだった。
「カインよ、僕から一言助言をしてあげよう」
 それは清々しいまでの笑顔だった。
「郷に入っては郷に従え」
 力強いサムズアップに、カインはツッコミを放棄した。

「いやー、彼を助けてよかった。ほんと面白いなあ、ここは」
 そんな独り言を、誰も聞いていなかった。


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