【04:午後のお茶会】
(面倒くさいが、すっぽかすわけにはいかないか……。数日前の骨のこともあるしな)
ぶつくさと考えを巡らせながらカインは一人バアルの城へ向かって歩いていた。
あの挨拶をしてから数日後、やっとシャバの空気にも慣れてきたぜと胸を張るカインの元にバアルが使いのカラスを飛ばして来たのである。一通の手紙を添えて……。
手紙の内容は「午後のお茶会に是非来てください」という簡潔なもの。実に意外なお誘いだった。しかも誘われたのはカイン一人。ルシフェル無しで来て欲しいという。一体どういうことなのだろう。
出かける前にルシフェルがニヤニヤしながら「レヴァ君の手ぇボキボキにしたから説教されるんじゃな〜い?」と楽しげに言っていたが、そう考えると気が重い。バアルは怒らせたら凄まじく怖そうだと雰囲気で分かる。やり過ぎたかな……。ちょっと後悔していた。あくまでもちょっとだけなのだが。
それよりも何よりもカインは釈放後に一人で外を歩くのは初めてである。一本道にもかかわらず妙に緊張した。何故ならば、大の男が迷子にでもなろうものならそれは酷く格好が悪いからだ。
(大丈夫、遠くに見えるあのメルヘンなお城を目指して真っ直ぐ真っ直ぐ歩けば間違いない、大丈夫……!)
自分に言い聞かせながら直進を続けるうち、気付けば遠く遠くに見えていた目的地に無事到着していた。やった、俺は迷子にならなかった! と、拳を握り、一つ深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
(よ、よし、行くぞ……!)
覚悟を決めて煌びやかな装飾が施された玄関ドアをノックすると、待ってましたとばかりに朗らかな笑みを浮かべたバアルが間もなく出迎えてくれた。この魔王直々の御出迎えはカインのだらしない背筋をピンと伸ばすに充分なものだった。本来こんな改まる性格ではないのだが、魔王の威厳には敵わない。
「突然の呼び出し申し訳ありません。よく来てくださいましたね。さあ、こちらへどうぞ」
優しげな手招きにカインはホッと胸を撫で下ろした。
良かった、どうやら説教じゃないみたいだ。じゃあなんの用だろう? 疑問は深まった。
そんなカインの思いをよそに「こっちです」とバアルは城の奥へ歩き始めた。広い城だ。そんでもって置物が何か乙女チックだ。装飾もちょっぴり乙女チックだ。パッと見、男二人が住む城とは思えない。と、いうか、魔王二人が住む城とはとてもカインには思えなかった。
(どういうキャラなんだ、此処に住んでる魔王様二人は……)
しかし同時に魔王の住む城は禍々しいという単純なイメージを描いていた自分は所詮人間なのだと思わされた。所詮は人間、神が泥をこねて作った人形……。
(やめよう、神のことを考えるなんざ……)
そうして城内をあちこち見渡していたカインはハッと立ち止まった。先を歩いていたバアルが突然足を止めて自分を凝視してきたからである。一体どうしたのだろう。長い睫毛の奥から金色の瞳がこちらを静かに見据える……。
どうでもいいが、こうしてよくよく改めてバアルの容姿を眺めてみると、とても同性とは思えない。化粧をしているから? いやいや、とんでもない。原因はこのカインですら思わず綺麗だと素直に口から出して言ってしまいそうになる圧倒的な美貌である。本当に同じ男なのだろうか、いやむしろ同じ生き物なのだろうか……。成る程、やはり神は不公平らしい。
「……その服は、サタンのものですか?」
「えっ?」
質問の意味が分からず、カインは一度首を傾げた。
「貴方の着てる服。サタンのお気に入りだったものにそっくりなんですよ」
「あ〜、コレ? まだ服とか全然持ってないんで、ルシフェルがとりあえずコレ着ろって出したんだけど……」
言うと何処か物憂げな表情をしていたバアルは静かに微笑んだ。いつもの表情だ。
「そうですか。いや、懐かしいものを見たので、つい……。あの子、まだ親の遺品をもっていたんですね」
「ちょっと待てよこれ遺品だったのかよ……。人の遺品を着るって、いくらなんでもいい気分じゃない。明日にでも自分の服が欲しいなァ」
「あら、それは残念。とても似合っていらっしゃるのに」
クスクス笑いながらバアルはまたヒールの踵を鳴らして先を歩き始めた。
カインは思った。父親の遺品など、簡単に、人に貸せるものなんだろうか……。ルシフェルは何気なくタンスを漁ってこの服を笑顔でカインに勧めた。あれは、決して何気なくなんかない行動だったということなんだろうか……。
(何を考えてるんだ、あのガキは……)
気を取り直して再び周りを見渡す。窓の多い城だ。真っ赤な月明かりが眩しいくらいに廊下を照らしている。
「悪魔とはいえ、少しくらい光を浴びないと気分が滅入りますから」
歩きながら窓を見ていただけ、さして何を尋ねたわけでもないのにバアルはカインを振り返って微笑んだ。
彼は、人が何を考えているのか分かるのだろうか……。
広い城内を歩きに歩き幾つかの階段を登ってカインは城の屋上へと案内された。どうやら此処はテラスのようだ。景色の見通しが良い。眼下には街が一望出来るし、見上げれば一面に空が広がっている。
テラスの中央には丸い花柄のテーブルと可愛らしいイスが三つ並んでいた。ルシフェルが「バアルは意外と可愛い趣味してるんだよ」と言っていたのはウソじゃないらしい。これはかなりのメルヘン好きだ。もう決定だ。
「さ、遠慮なく座ってください。今クソガキにお茶を持ってこさせますから」
「ク、クソガキ?」
「ああ、手の骨ボキボキ男ですよ。ちなみにコーヒーと紅茶どちらがお好きで?」
「あ……。紅茶はまだ飲んだことがないから……、コーヒーで……」
一昨日ルシフェルに御馳走してもらって以来、カインはコーヒーをとても気に入った。初めの一口はあまりの苦さに驚いて盛大に床へ向かってブッと吹いてしまったが何口か飲んで慣れてくるとこれが実に美味しい飲み物だと気付いたわけだ。
「レヴァ君、コーヒー! それと私の紅茶。あと適当な茶菓子をお願いしますね〜!」
カインの注文を聞いたバアルが奥の部屋に向かって大きな声を出す。するとその方向から「は〜いよ〜」と陽気な男の声が小さく聞こえた。声の主はレヴァイアだろう。
アイツにお茶組みなんかやらせて大丈夫なのだろうか……とは思ったが、そこのところは黙っておいた。
しかし端整な顔立ちのこの男が笑顔で「クソガキ」という言葉を発するとなんだか非常に凄みがある。
カインはちょっぴり怖かった。あくまで、ちょっぴりなのだが。
「安心してください。レヴァイアはああ見えて食べ物にはこだわる男です。あんな顔して料理が趣味だったりするんですよ。意外でしょう?」
カインの疑問を察したのかバアルがさり気なくレヴァイアをフォローした。
(この人はホントに人の考えを読むのが得意なんだな……)
カインは黙って頷いて席につき、空の赤い月をぼんやりと眺めてお茶が来るのを待った。光が眩しい。頬を撫でる風が気持ちいい。牢獄にはこんな光も風も無かった。と、そこへヨタヨタしながら大量のお菓子を山盛り乗せた大きなお盆を抱えてレヴァイアが歩いてきた。
「はいはい、コーヒーに紅茶にお菓子にチョコレートパフェにお菓子にお菓子、お待ちぃ〜!」
はて、彼はお菓子って単語を何回言ったのやら。
「レヴァイア、お菓子って言葉は一度でいいんですよ」
バアルは冷めた目でレヴァイアが持ってる今にも落ちそうなお菓子を順にテーブルへ置いた。察するにバアルという人は面倒見がいいのだろう。冷たいように見えてちゃんと優しく手助けをしている。
「ねえレヴァ君。こんなにお菓子持ってきてどうするんですか。一体誰がこぉ〜んなに沢山食べるんですか!」
「え〜。俺に決まってるじゃ〜ん」
バアルの怒鳴るような問いかけにレヴァイアはまったく悪びれず笑顔で返す。
(コイツ、ホントに俺より遥かに年上なんだろうか……?)
カインは山になっているお菓子を見つめた。
まあいい、とにかく茶会の始まりだ。
話の内容は主にカインの牢獄生活についてだった。一体どんな罰を受けたやら魔王二人は興味津々だったらしい。ご期待に添えて事細かに拷問内容を語ったところ、二人は「わあグロい」と楽しそうに反応してくれた。流石は魔王、ドン引きするかと思いきや大喜びだ。
それはともかく三人の男が談話しながら丸い花柄のテーブルを囲ってお茶を啜る……。なんか変な図だなと思ったがカインはそれを口には出さなかった。後が恐ろしい。
ついでにカインは意外にもレヴァイアが自分と同じくコーヒーをブラックで飲んでいることに驚いた。こういうキャラは決まって砂糖やらミルクやらをガバガバ入れるものだとばっかり思っていたのだが……。しかし山盛りになっていたお菓子はほぼ彼が平らげてしまった。まさか本当に自分で殆ど食べるとは……。今は大満足といった顔で呑気に煙草を吹かしている。さり気なくその彼の煙草を持つ手を見たが、ボキボキにした時は完全に青紫に腫れ上がっていた姿はどこへやら、何事もなかったかのように元通りだ。「なるほど、魔王ってヤツは大した回復力持ってるんだな」とカインはこっそり感心した。と、同時にあんなことをしたカインに怒るでも怯えるでもなく普通に話かけてくる彼のことをかなり疑問に感じた。
なんとも、思っていないんだろうか……。
「ん? あんだよ。人のことジロジロみやがって〜。あ、お前も吸いたいの?」
視線に気付いたレヴァイアがテーブルに置いていた煙草の箱を差し出して来た。何故か輝く笑顔で。
ケースを覗いて銘柄を見たが、ケース全体黒一色で文字は何もない。かなり胡散臭い代物に見えたので断っておいた。
それにしても、こんな穏やかな談笑をするためだけにわざわざ自分を呼び出したとは思えない。バアルの振る話題といえば世間知らずのカインのためを思ってか魔界の街の様子だとか、あの店のパスタは美味しいから一度行くべきだとか、牢獄がどんなところだったのかもっと詳しく教えて欲しい、うっかり牢獄に投獄されてしまった古い知人がいるんだが顔を見たことはあるか、といった当たり障りの無いものばかり。こんな普通のお茶会ならルシフェルを誘っても良かったはずだ。
(一体、なんなんだ……?)
疑問に思って何気なく顔を上げた瞬間、カインは胸が跳ね上がった。
バアルと目が合った……と言うより、ずっと自分を見ていたようだったのだ。
「そろそろ世間話も尽きて退屈になってしまいましたね」
カインを見つめたまま朗らかに微笑み、頬杖をつきながら彼は言葉を続けた。
「本題に移りましょうか。お二人さん」
カインは、固まり続けていた。心底、この男が敵でなくて良かったと思った。随分と前からバアルはカインが退屈し始めていたことを見事に察していたのである。
「そうだな。ただお菓子食うために来てもらったんじゃねえし」
思わず「食ってたのはテメーだけだろ!」とレヴァイアに言いたくなったが、いつになく真面目な彼の顔つきにカインは言葉を飲み込んだ。
「来ていただいたのは他でもありません。貴方の意志を確かめるため、そしてあるお願いのためです」
重みのある声でバアルが言った。レヴァイアもそれに続く。
「俺たちが神に反旗を翻しているのは知ってるだろ? アンタも賛同してくれるのか?」
なんだ、そんなことを聞きたかったのか、とカインは少し緊張が解けた。
それはあまりにも自分に対して意味のない質問だったからだ。
「賛同も何もアンタら物知りなんだからこっちの事情は全部知ってるだろ? 俺は神サマに弟を奪われて自分も拷問され続けたんだ。神が憎くて仕方がねえよ」
考えるまでもないことだ。バアルを上目遣いで見つめながらカインは暗に賛同の返事をした。バアルもバアルでジッとこちらを見据えている。そうして暫く見つめ合った後、フッと張り詰めていたものを消すように目の前の圧倒的な美貌は優しく微笑んでみせた。
「そうですか。無礼な質問お詫び致します。これからは共に頑張りましょう」
「ああ」
ニッコリと話すバアルの顔を何故か直視出来ず、カインは目を逸らしてコーヒーを飲みながら返事をした。
何か、一瞬寂しげな表情をしたのだ。カインが神が憎いと言った瞬間に。
わけありなんだろう。崇高な天使として生まれながら、元は自分の父であった神に反旗を翻す、それはどんな気持ちで選んだ道だったのか……。と、そんな心情をまたバアルは察したのだろう。
「ああ、これからはお仲間なんですから、気軽にお話とかしましょうね。カイン。貴方の過去の話は聞きましたから、今度は私たちが昔話をする番でしょうけど、それはまた次の機会に」
優しく微笑みながらの言葉。
再びドキッとするようなことを言われてカインは心臓が痛くなった。何を考えていてもバアルには軽く見透かされてしまう。なんだか裸にされてる気分だった。
傍ではレヴァイアが静かに様子をうかがっている。彼はなんだかんだでそこまで子供ではないらしい。大事な話の時はちゃんと黙って待てる男のようだ。
「ところでもう一つの本題、『あるお願い』って、なんだ?」
カインは気まずくなったので自ら話題を振ってみた。途端に、にこやかだった二人の顔が水を差したかのようにシンと静まった。
「……ルシフェルのことなんですよ」
「ルシフェル?」
一瞬「誰だっけ?」と思ってしまったカインだが、そうだそうだったルーシーのことだとすぐに自分で頷いた。アダ名でしか呼んだことがなかったせいで本名にピンと来なかったのである。
「あの子を、どうか貴方が守ってやってくださらないでしょうか……」
「あ、もちろん俺たちだってアイツを守るけど。でも、ずっと傍についててやれるのはアンタだけなんだ」
二人の様子が変だ。ルシフェルの傍にいてやれるのはカインだけというのはどういうことか。
「貴方は気が付きましたか? あの子、貴方と会うまでは少しも笑うことがなかったんですよ」
「そうなのか? 確かに俺と牢獄で会ったとき辛気臭い顔してたからおちょくってやったけど、そしたらアイツすげぇケラケラとよく笑ったぜ?」
「そうか、じゃあやっぱアンタのお蔭みたいだな……」
話の飲み込めないカインに珍しくレヴァイアが進んで話を始めた。
「アイツさ、アンタ知ってる? 両親を喰い殺して今の女帝の地位についたってこと」
「風の噂で聞いた。でも両親の頼みだったんだろう? 仕方の無いことじゃねーか」
「俺たちもそう思ってる。だけど、アイツは……」
レヴァイアは言葉を止めた。バアルは黙ってレヴァイアに説明を任せているが、その表情は暗い。カインには普段明るいレヴァイアが悲しそうな表情で淡々と語る言葉になんだか胸が痛む思いがした。
「アイツは、深く考え込んじゃったんだ。理由はどうであれ俺たちの親友を殺しちまったと思ってる。どんだけ気にするなって言っても、アイツは、ずっと気にし続けてるんだ……。俺たちの顔を見ると表向きは笑ってるけど、やっぱ何処か……影ってるものがあるんだよ」
カインは黙って彼の言葉を聞き続けた。いつもは人の話なんかあまり聞かないタチだというのに。
「俺たちが傍にいたら、アイツはちっとも心から休むことが出来ない。だから傍にいてアイツを守ってやれるのはアンタしかいないんだ。守ってやってくれないか、あの子を」
カインはそこまで聞いてようやく二人が自分だけをこのお茶会に呼んだ理由が分かった。
二人は、ただただルシフェルが可愛くて仕方が無いのだ。だけど、今は上手く傍にいてやれない、だから……。
「俺は、牢獄から解放される条件として、ずっと傍にいるとルシフェルに誓った。アイツの傍にいてアイツを守ると誓った。だから俺に出来ることなら、なんでもしてやるつもりだ」
これはその場しのぎの誓いなどではなく、紛れもないカインの本心だった。
ルシフェルは衰弱したカインの姿を見て初めて悲しそうな顔をしてくれた子。誰もが自分を嘲笑う中、彼女だけが自分のことを案じてくれた。そして呪縛から解き放ってくれた。恩返ししなければならない理由は沢山ある。あの少女が表面は強くとも中身は脆いこともカインは気付いていた。レヴァイアの話を聞く限りこの予想は当たっていたらしい。尚更、放っておけなくなった。
「そうか、ありがとう……」
カインの言葉を聞いてようやくレヴァイアが微笑んだ。
「アイツ、ああ見えてちょっと繊細なんだ。よろしく頼む……」
告げて、彼は席を立った。
「ちょっと待ちなさい。何処へ行くのです?」
まだ話は完全に終わってないぞとバアルがレヴァイアを引き止めた。
「んあ? 真面目なこと喋って緊張しちまったから、ちっとトイレだよ、トイレ〜」
言うと彼は「ああ漏れる」と股間を押さえ、いつものおどけた表情で部屋の方に走り去って行った。とても魔王の肩書きを持つ男とは思えない行動である。しかしカインは彼を見直していた。もっとただ、ふざけてばかりの男だと思っていたのだ。
カインは考えていた、レヴァイアは自分の想像以上に人の気持ちを考える男だったのだろう。よくよく考えれば初対面の時なんては緊張していた自分を案じてわざと軽く怒らせ緊張を解いてくれたのかもしれない。
「カイン」
ボ〜ッとしていたカインにバアルが微笑む。
「レヴァ君のこと、見直しちゃったりなんかしてるんですか?」
「えっ!?」
またまた考えてることをズバリ見抜かれた。
「彼は、そんな難しいことを考えて行動出来る人じゃないですよ。ただただ単純なだけです。自分の大切な人が悲しんでたり苦しんでる顔を見るのが嫌なだけ。笑ってる顔が見たいだけ。貴方に接した時も、新しい仲間が増えると喜んで早く仲良くなりたいから話しかけただけなんですよ」
「……とんでもなくガキだな」
ハハッとカインは肩を揺らして笑った。
「ええ。とっても子供です。でも、そこが可愛いんですよ」
バアルが嬉しそうに目を細める。きっと彼にとってレヴァイアは可愛い弟のような存在に違いない。
「あ〜! スッキリしたぁぁぁ〜〜っ!」
二人で軽い会話を交わしている中、恥ずかしげもなくレヴァイアが戻ってきた。
「お話、終わったか〜?」
「……終わりましたよ……。カイン、私は前言撤回致します。あの言葉は忘れてください……」
頭を抱えているバアルを見て、カインは笑いをこらえながら頷いた。
それからまたしばらく談話をした。この世界のこと、自分のこと、目にした光景、お互いに長生きしてるだけあって話題は尽きない。
打ち解けてみると二人の人柄が面白いくらいに分かってきた。真面目で優しいが何処か抜けている箇所があるバアルとただただ無邪気なレヴァイア。二人の会話はまるで漫才でもやってるかのようにボケとツッコミの繰り返しで、見ていて飽きなかった。
魔王という立場を担ってはいるが、二人はあまり飾らない性格なのだろう。ルシフェルが自分と出会ってすぐに「あの二人はすっごく素敵なお兄さん!」と断言していただけある。
それから時間が経った頃、城の中から軽い足音がコンコンと響いてきた。
一体誰だろうと思ったが、バアルとレヴァイアはすぐに足音が誰のものか分かったらしい。ニヤニヤしながら顔を見合わせている。
「カイン! あ〜んた、いつまでアタシをほっといて遊んでるのよー!」
不機嫌な口調で怒鳴りながらルシフェルがテラスにやってきた。足音の主は彼女だったようだ。
「も〜っ、遊ぶなら遊ぶでアタシも誘ってよね、バアル!」
「いやあ、たまには男同士で熱く語るのもいいかなーなんて」
そうして悪びれずクスクスと笑うバアルの態度はルシフェルの火に油を注いだらしい。彼女はハブりやがってハブりやがってと地団駄を踏んで手をバタバタ振り回し始めてしまった。
やれやれ……と、溜め息をつくカインの脇でバアルは「元気なのは良いことだ」と呟き、至極嬉しそうに微笑んだ。
と、そんな二人に気をとられていたカインにレヴァイアがこっそり耳打ちしてきた。
「ルシフェルさ、実はか〜なりの寂しがり屋なんだぜ。まっ、頑張れ、カイン」
「ああそう。この間は、手ぇボキボキにして悪かったな、レヴァ君」
ニヤニヤと意地悪そうに微笑むレヴァイアにカインもそっと耳打ち返した。
「へっへ〜、痛かったぜこのヤロ〜! 30分は手が使えなかったんだからよぉ!」
言ってカインの肩をポンッと叩く。すると直後に今度はルシフェルが「こっちを見ろ」とばかりにグイッと袖を掴んできた。
「ね〜、帰ろうよ〜っ」
「しゃあねぇなぁ〜……。楽しかったよ。また誘ってくれな」
カインは椅子から立ち上がって軽くバアルとレヴァイアの二人に手を振った。
「ええ、もちろん」
バアルはカインの言葉に心から大歓迎とばかりに微笑んだ。
「次はアタシのことハブらないでよ!」
「はいは〜い」
ルシフェルのキーキー声にはレヴァイアが嬉しそうに返事をした。
「今日、楽しかったの? 説教されてたんじゃなかったの?」
「いや、その逆。褒められまくった」
城から出るなり、急に大人しくなったルシフェルにカインも落ち着いて返事をした。
何気に、自分に人見知りしているんだろうか。まだ会って数日しか経っていないわけだし。
二人きりになった途端に大人しくなったルシフェルがカインには変に面白かった――などと余裕をかましていたその時である。
「……!? なにしてんだよっ!」
突然のことにカインは素っ頓狂な声を上げた。なにせルシフェルが無言のままに上着のポケットに差し込んでいるカインの手を無理矢理にほじくり出しにかかってきたからだ。
「……手……。アタシ厚底だから転びやすいの。手ぇつないでよ。転んじゃうでしょ!」
俯きながら偉そうに催促するルシフェル。だったらそんな見栄っ張りのブーツ履くなよ……とは言わず、渋々カインは手を差し出した。
「うん、それでよし……」
ルシフェルが足元だけを見つめながら差し出された手を取る。一体なんなんだろう。カインには分からなかった。
「……あの二人、いい人たちだったでしょ?」
足元を見つめたままルシフェルがボソッと喋った。
「ああ、いいヤツらだった。今日は楽しかったよ」
「そっか。良かった。あの二人ね、アタシの自慢のお兄さんなんだ! ちゃんと仲良くしてよね!」
二人のことを話し出した途端、今まで足元だけを見ていたルシフェルが顔を上げて微笑んだ。カインはそんな彼女を見下ろしながらニッと歯を見せて笑った。
「ああ、言われなくっても仲良くさせてもらうよ」
成る程、今は素直に会えないでいるだけか、と一人納得のカインである。お互いがお互いを大事に想い合ってるなら素直になりゃいいのにと思うが、まあそこは事情が事情だ。外野が思うほど簡単ではないのだろう。
と、そのまま少し歩いてから、ふとカインは背後に見えるバアルの城へ向かって石でも投げようかと考えた。城の窓から、こんな自分たちの姿を見てニヤニヤ笑っている二人の魔王の気配を感じたからだ。
「……アレが、自慢のお兄さん……ね……」
カインの苦笑いにルシフェルが気付いて「なに?」と首を傾げる。
「なに? どうしたの?」
「いや、なに。俺もそんな自慢のお兄さんの一人に加えてもらえるかなって思っただけ」
「さ〜あ。どうでしょね〜。それなりのコトしてくれたら加えてやってもいいけど?」
「あ、そーゆーこと言うんだ?」
カインは繋いでいた手をフッと離した。
「あーーーー!?」
「アハハハハッ!」
声を上げて手にしがみ付こうとするルシフェルをカインは笑いながら素早い動きで避けて挑発するように手をヒラヒラと振った。彼女より遥かに背の高いカインが手を上げてしまえば飛ぼうが跳ねようがルシフェルには到底届かない。
頬を膨らます女帝をカインは意地悪な微笑み混じりの表情で見下ろした。
「おててっていうのはね、自慢のお兄さんと繋ぐものなんだぜぇ?」
「ひっどーい!!」
……いやしかし、こう言われては敵わない。
ルシフェルは少々不本意ながら仕方なくカインを「自慢のお兄さんの一人」に入れた。「形式だけね!」と念を押しつつ。それでも「なんだコイツ、可愛いじゃん」と無表情ではあるがカインはちゃっかり満足げだった。
しかし、彼女は本当に一人で歩くのが怖いのだろう。
城に乗り込んで来た時、彼女の足がかすかに震えていたのをカインは見逃さなかった。
彼女は、まだ若干13歳の女帝……。
(いいぜ、守ってやろうじゃないか。『孤独』っていう敵から、お前をな)
彼の決意は、固まった。
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