【05:閉じきれない目】
眠れない……。ルシフェルはなんとなく寝苦しかった。何度も寝返りを打ち、意地になって目をつぶる。しかし、寝入ることが出来ない。
隣の部屋にはカインがいる。一応は男との同棲、と、いうことに、なる。そのせいかルシフェルには変な照れがあった。あちらはそんな思いなど微塵もないだろうが……。
彼と会ってから自分の行動が何か変だという自覚もある。誰かに手を繋ぐことを強要したことなんか初めてだ。なんであんなことをしたのだろう、まだ会ったばかりの男に向かって……。少し変な後悔の念が湧いてきた。
気にすることはない、とは思っている。バアルやレヴァイアは何を言わなくともルシフェルのことを熟知していて進んで手を差し伸べてくれる。しかしカインはまだ何も知らない。だから自分から催促した。それだけだ。それだけのはずだ。なのに、何故こんなにも胸がざわつくのだろう。
……あと三時間は寝れそうにない。そんな予感がした。
(どーせなら紅茶でも飲みながらアイツをムリヤリ長い夜につき合わせてやろっかな)
思うが早いかルシフェルはパッと目を開け、テーブルの上に置いてあったポットで紅茶を入れてシンと静まった廊下に出た。窓から入り込む隙間風が冷たい。ルシフェルは紅茶を入れた湯気立つカップをギュッと握って暖を取り、隣のドアをノックした。
コン、コン、コン……静かな廊下にノックの音が響く。返事はない。寝ているんだろうか。アタシが寝れないのにお前だけ寝るのはズルイ! と無茶苦茶な感情に駆られてルシフェルは返事の得ず部屋へと押し入った。
構うものか、此処はルシフェルの城。カインはただの居候。立場は圧倒的にルシフェル優勢である。それに、この部屋は父サタンの部屋だった。父亡き後に掃除嫌いであるはずのルシフェルが綺麗にこの部屋を掃除していた……という事実を聞いたら周りの者はどういう反応をするだろう。主を失くした父の部屋が廃れ汚れるということがルシフェルには堪らなく嫌だった。理由を聞かれたら上手くは言えない。だが、嫌だったのだ。
しかし掃除とは名ばかりに得意の炎魔法で埃やゴミを燃やし尽くしているだけというのは本人だけの秘密である。母には『正式な自分の部屋』というものが無く、城全体を適当に使っていたので掃除しきれないというのも秘密である。そんなわけでこのサタンの部屋が唯一の人が暮らせそうな場所であり広々としていることもあって、寝起きする部屋を選んでいたカインは迷わず「俺、ここがいい」と言った。
「傍にいろってことだし、隣の部屋だと何かと便利だろ? な? な?」
何やら、必死な笑顔で頼んできたのが印象的だった。この部屋ならば家具一式揃っているし他の部屋はというと埃まみれでかなり汚い。必死になる価値はあったことだろう。
さて、そんなことよりカインの寝顔はどんなものか。
心躍らせ部屋に入ると大きなベッドの上にルシフェルの想像よりも綺麗な寝相でカインが眠っているのが目に入った。明かりは何もついていないが、窓から差し込む月明かりが眩いお蔭で部屋の中はよく見える。
本当に、見れば見るほどに想像よりも綺麗な寝相だ。せっかく牢獄と違って手足を伸ばしゆっくり眠れる環境に身を置いているというのに彼は壁の方を向き、小さく毛布にくるまって膝を抱えるような恰好で眠っていた。
(なんか子供みたい。ふっふっふ、でも残念だったな……。叩き起こしてやるから待ってろよ、このやろうっ)
ルシフェルは意地悪な笑みを浮かべ静かにカインへと近寄った。それはもう忍び足でゆっくりと近付き、意気揚々と寝顔を覗きこんだルシフェルだったが途端に「ひゃっ」と、驚きの声を上げた。何故なら眠っているとばかり思っていたカインが目をギンッと見開いて瞬きもせずこちらを見ていたからだ。
「わわわ……ビックリしたあああ!! なんだよ、このやろ〜!!」
驚かそうとしたはずが逆に驚かされ、危なく紅茶を溢すところだった。
「……それは俺のセリフじゃねぇのかよ。真夜中に無断で人の部屋に忍び込むたぁ〜、どういうことだ、オイ」
不機嫌そうにカインは上半身を起こした。眠そうには見えない。なんだかずっと起きていたようなハッキリとした口調だ。ノックに返事しなかったのはルシフェルへの対応を面倒と思ってタヌキ寝入り決め込んでいた可能性が高い。
「あのさ、別に忍び込んでもいいけどよ。仮にも男の部屋だってことを考えろよ。マジで……」
「はい?」
ルシフェルは彼の言葉の意味が分からず首を傾げた。
「その格好だよ、格好!!」
この鈍感野郎、と小声で付け足してカインが指差したルシフェルの服装は薄っぺらい柔らかそうな生地の黒いネグリジェ一枚だった。
よくよく見たら胸がちょっぴり透けているが、まだ13歳。発育途中である。
「あ? 胸のこと? あぁ〜、大丈夫。まだ全然小さいもん!」
ルシフェルはまだこういうことがあまり気にならない性分だったゆえ、ケラケラと笑いながら自分の小さな胸を手のひらでポンと叩いた。
「おっ、大きさの問題じゃねえだろがッ!! お前にとって大小関係なくキンタマがキンタマであるように俺にとっては大小関係なくオッパイはオッパイなんだよ!! だから目のやりどころに困るんだよ、バカッ!!」
目を見開いてカインが動揺しながら叫んだ。
大きさの問題じゃない、キンタマはキンタマ……。成る程、一理ある……と、ルシフェルはぼんやり頷いた。
またカインが「この鈍感野郎」と呟いた。だが、野郎呼ばわりされたことよりもルシフェルには彼が自分を一応女として見てくれていたのだという喜びのが勝っていたため、何を言い返しもしなかった。
「ところで……なんか用かよ。何しにきたんだよ、お前……」
「あ〜、そうだそうだ。忘れてた。カインさ、今、眠い?」
「まあ……、この通り。眠そうに見える?」
「見えないなあ〜。良かった、そうかそうか〜っ」
ルシフェルが嬉しそうに笑うのをカインは不思議そうに見つめた。彼女は何が嬉しいのだろうかと。
「アタシも寝れないんだ。ねっ、何かお話しよ〜よ。退屈なんだよ」
その言葉に「フフン、そういうことネ……」と、ルシフェルの行動を理解したカインは腕を上げて大きく伸びをした。
カインは元々睡眠をあまりとらない。どうせダラダラ過ごすだけの長い夜だ、彼女に付き合ってやってもいいだろう。お話のネタならいくらでもある。そう考えた。
「いいよ。じゃあ昔話でもしてやろうか? 世界で最初に生まれた人間様の話、聞かせてやるよ」
頬杖ついてニヤニヤと笑うカインにルシフェルは舞い上がった。
「ホント!? カイン人生経験豊富っぽいからお話聞きたい、聞きたい! 面白そうっ」
ルシフェルには謎だらけの彼のことを少しでも知りたいという好奇心があった。何せこれから二人で同じ家に住むのだ、僅かでもお互いの理解を深めておくに越したことはない。
「いい返事だね。じゃあ決まりだ。眠れない駄々っ子に優しいおに〜さんがお話をしてあげよう」
おどけて言いながらカインはベッドから降りた。
「下の台所で茶菓子でも噛りつつ……。そしたらそのうち眠くなるだろうよ」
「うん!」
ルシフェルが元気よく返事をする。元気だな、これは当分寝そうにないな……とカインは容易に察した。
一方ルシフェルはというと「これで退屈しないぞ〜」と嬉しい気持ちでいっぱいだった。寝ることなど微塵も頭の中にない。
「どうでもいいけど、そのお茶もう冷めてるだろ。湯気が全っ然出てねえぞ」
部屋のドアを開けながらカインがルシフェルの手の中にあるカップを見つめる。ルシフェルは「えっ」と声を上げ、さっきいれたばっかりなのにと溢して試しに紅茶を口にした。
「……ホントだ……」
表情から思い切り「マズイ〜」という声を出しながら、先を歩くカインの後ろをついていく。すると「アイスティーだと思えば?」とカインが意地悪そうな口調で言った。確かに、その手もある……。
「ところで、昔話ってどんなカンジの話?」
尋ねると、カインはゆっくり振り返った。
「俺さ……。ずっと牢獄で拷問されてたろ……? その嫌なくらいナマナマし〜いお話さあ」
「いや、あの、もうちょっと楽しい話題はありませんかな……?」
「あるわけねーじゃん! 俺ずっと牢獄にいたんだもん、その話題しか持ってねーよ」
ヒッヒッヒと笑いながら歩くカインを他所に、ルシフェルは少し後悔の念に駆られた。
「なんか……痛そうな話ばっかりされそう……」
嫌な予感しかしない。肩を落とすルシフェルに気付かないフリをして、一方のカインは何をどこから話そうかと話の内容を考えていた。
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