【21:傷跡の消えない場所】


「この、馬鹿たれが!!」
「ひぃ!! ごっごごごご、御免なさ〜〜い!!」
 ラファエルに激しく怒鳴りつけられ、ヨーフィは悲鳴に近い声を上げた。これはもう、ひたすら謝るしかない……。
 ヨーフィが天界に逃げ帰って間もなくラファエルとアザゼルも天界へと帰ってきた。その身体には見るも明らかな深い傷。ラファエルは腹部から大量に血を流し、腕には少し火傷も負っていた。アザゼルはというと全身真っ赤の傷だらけ。二人とも表情はどこか浮かない。この様子を見てヨーフィは「また引き分けか〜」などと呑気に構えていたのだが……。
 この通り、傷の手当てを終えて元気を取り戻したラファエルから早速叱られてしまったのであった。
「何回、途中で、逃げるな! と、言われれば気が済むんだ、お前は!!」
 腰に手を当て仁王立ち。自分より遙かに背の低いヨーフィを徹底的に見下してラファエルは説教を続ける。今日こそは許さん、という意気込みが見て取れる姿勢だ。
「だ、だって……。だってよぉ、ラファ兄〜っ」
 半ベソでヨーフィは必死に言い訳を考えた。何を言ったところで無駄ではあるだろう。しかしどうにかしてラファエルの怒りを少しでもいいから沈めたい。そうしなければこの説教の終わりが見えない。
 ラファエルは一度怒ると相手が反省するまで怒鳴り散らすタチである。真面目な彼は何事も最後まできっちりなのだ。まあ、戦争で窮地に立たされた時は除いて……。
「お前と違って初参加だというのにアザゼル君はどれだけ頑張ってくれたことか。少しは見習いなさい!!」
「はっ、はいいいいっ」
 ヨーフィは何度も何度も頭をペコペコ下げ、ラファエルの後方に目をやった。そこには身体の隅々に包帯やテープを巻いたアザゼルが石の上に座ってのんびり佇んでいる姿がポツンと。いきなり自分の名前を出されても彼は無反応。その空を見上げながらボーッとしている様子にヨーフィは思わず「アレが頑張ったのかよ」と疑いを抱いた。だが、ラファエルが尚も自分をギロリと睨んでいることに気付いてアザゼルのことなどどうでも良くなってしまった。ラファエルが頑張ったと言うからには彼は頑張ったのだ、そういうことにしておこう。
「で、でもね、でもね! 俺レヴァイアのヤツに頭をフレイルでブッ叩かれてフラフラだったんだよ〜! もう脳みそ揺れちゃって揺れちゃってさあ〜!」
 事実、あの時ヨーフィは頭部から出血しながら走ってきた。しかも全身は切り傷だらけ。とはいえ全ては魔王レヴァイアを甘く見たヨーフィの責任である。
 仇がどうのとか言っていた小悪魔バズーを助けに来たレヴァイアの鋭利な突風で全身切りつけられ、これはマズイと判断し逃げ出した後「よし、此処までは追ってこないだろう!」と一息ついて油断していたところを実はしっかり追いかけてきていたレヴァイアに今度は背後からフレイルで殴られた……。辛うじて直撃は免れたが、あれは痛かった。痛いなんてもんじゃない。ぶっちゃけ首から上が吹っ飛んで死ぬかと思った。
 そんなわけでもう戦うのは無理だと思ったんだよ――と続けようとしたヨーフィだったが、ラファエルが眼の色を変えたことに気付いて押し黙ってしまった。
「だからなんだ!! 私は腹に直撃!! アザゼル君なんかちょっと避け損なって思い切り横腹をごっそり抉られたんだぞ!! あんなゴッツい武器で!!」
「でも、ラファ兄たち……そうやって叩かれてからすぐ帰ってきたじゃん……。俺、見てたもんね……。お、おんなじじゃんかぁ〜……」
「……フ……フハハハ……!」
 ヨーフィの言葉にラファエルは怒りを通り越したのか、顔を引き攣らせておぞましい笑い声を上げた。
「ひいっ!?」
 頭上に木霊す低い笑い声に当然ヨーフィは、怯えた。それはもう身の危険を感じるくらいに、怯えた。
「あれはね〜、向こうの仲間がゾ〜ロゾロ集まってきてしまったから仕方なかったんですよ〜。明らかに不利な体制になってしまったんでね〜。貴方がいてくれたらなあ〜。きっとなんとかなったんですけどね〜」
 いつもとまったく違う口調で喋っている……。これはラファエルがとことん怒っている証拠だ。ヨーフィは「まずった……!」と頭の中で呟き、ただただ俯くことしか出来なかった。
「御免なさい……。ホントに御免なさい……。今度からは……今度からは頑張りますから……」
 今度から、今度から……。今まで何度も聞いてきた反省の言葉である。ラファエルは深く溜め息をついた。
「もういい。お前は今日、晩飯抜き!! 勝手に自炊しろ!! ついでにお小遣いも暫くはカットだ!! 分かったな!! ザマーミロ、これでお前が楽しみにしていた人間界での買い物も糖分は当分は無しだ!!」
「ガーンッ!! おおおお願いします〜!! それだけは……それだけは御勘弁を〜っ!!」
 ヨーフィはついに泣き出して縋るようにラファエルの腰へしがみついた。
「……本当に、反省してるんですか?」
「してます! 大反省してます! 次やったらくびり殺して頂いて構いません〜〜っ!」
 必死も必死である。ヨーフィの生き甲斐はラファエルが作る美味しい料理を食べることと外で大いに遊ぶことだ。それを失ったら困ってしまう。
「………………」
 ラファエルはヨーフィが自分にしがみついて涙をポロポロ溢してる様を暫く黙って見つめた。まだ見た目だけは幼い少年が顔をゴシゴシと自分の服に擦っている姿はやはりどこか痛々しい。
(少し、言い過ぎただろうか……)
 ついに良心が微かに疼いてしまった。
 これで何度目になるか分からないがまた深々と溜め息をつき、ラファエルはヨーフィの頭を「よしよし」と撫で回した。
「もういい、分かった。仕方が無い……。今回までですからね。次やったら本当に御飯とお小遣い抜きですよ。あと首絞めだ。忘れるなよ」
「あわわわ、ありがとうラファ兄〜〜〜っ!!」
 勢い良く顔を上げてヨーフィは満面の笑みを浮かべた。現金なものである。
「あーあ。私も甘いな……」
「いやあ、俺はそんな甘〜い口当たりのラファ兄が大好きだぜ!!」
「あっそ」
 毎度この調子だ。まあいい、次である。
 はしゃぐヨーフィにそっと背中を向け、ラファエルはボーッとしているアザゼルに目を向けた。彼にも少し話がある。だが、口を開こうとした矢先にヨーフィがちょんちょんと背中を突っついてきた。
「なんだ?」
「あ……。あの〜、宜しかったら肩でもお揉みいたしましょうか〜?」
 自信なさげに揉み手をしてみせる。彼なりに感謝の気持ちを表したかったらしい。しかし別にラファエルの肩は凝っていない。
「要らん」
 サラリ受け流してラファエルはまたアザゼルに目を向けた。背後で小さな天使がガックリ肩を落としたことには気付いていたが、あえて無視である。
「アザゼル、ちょっと話が」
 ラファエルに呼ばれ、我関せずとばかりに空の一点を見つめていたアザゼルが無言で顔を向ける。一応、話を聞く気はありそうだ。
「君は、カインと何かわけ有りなんですか?」
 すると問いに返事するかのようにアザゼルはゆっくりと瞬きをしてみせた。
「わけ有り?」
 不意にラファエルの背後からひょいとヨーフィが顔を出した。口は挟まず様子だけをうかがうつもりのようだ。彼なりにアザゼルのことが気になるらしい。
「初対面のはずですよね、彼と君は。なのに昔から知っていたかのように声をかけたのは何故?」
「………………」
 ラファエルの問いにアザゼルはこれが答えだとばかりに沈黙した。
「成る程、答えたくないようですね。いいでしょう、私には君たちの間をとやかく言う筋合いはありませんので深くは追求しないでおく。ただね……」
 言いかけてラファエルは風で乱れた長髪を掻き上げた。一応アザゼルに話を聞く気持ちはありそうだ。ならば、しっかりと言わなければならない。
「彼に寝返りの説得をしても無駄だと思いますよ。絶対にね」
「あの時の……。聞いてた……のか……?」
 ようやくアザゼルが擦れた声を返した。
「ええ、悪いけど……聞いてました。遠くから。で、これは良くないなーと思って助太刀に参上した次第です」
「余計なことを」
 不機嫌にアザゼルが眉をひそめる。
「やっぱり納得いかない……。僕が殺されようと貴方に害はないはずだ……。どうして好きにさせてくれなかった?」
 このアザゼルの返事を受けて今度はラファエルが眉をひそめた。
「随分な思考の持ち主だな君は。まあ、とにかくカインに説得は無意味だ。アイツは天使をこれでもかと憎んでいる。分らなかったか? アイツが何を糧に拷問に耐えてきたか、それはあの目の色を見れば一目瞭然なはずだがな」
 と、ここでヨーフィがそっと口を挟んだ。
「そうそう。俺さ、最初の頃は憂さ晴らしにって拷問に喜んで行ったもんけど……半月も経たずに辞めたよ。そんで神様にももう行きたくない〜って言っちゃった。だって、目がね……。このままじゃ済まさねえって言いたげな目をずっと向けてくるんだぜ〜、アイツ。たまんねえよ」
 相手は鎖と神の呪いに動きを封じられた非力な罪人。恐れる必要など何も無い。そう、恐れる必要など何も無いはずなのだ。なにせ相手は何も出来ないのだから。それなのに天使たちは次第にカインを恐れていった。どんな責め苦を受けても濁ることのないあの鋭利な赤い目にはそれだけの力があったのだ。
 きっと彼はこのままで終わらない。下手に手を出したらいつかきっととんでもない仕返しを食らう――――この天使たちの恐れは後に現実のものとなり、カインは鎖を物ともせず牢獄に訪れる天使たちへ牙を剥いた。そうして何十人が殺されたか分からない。
 手に負えない白髪の大罪人……。カインの名は天使の間でそれはもう有名である。
「我々と神に対する憎しみだけでアイツは上級天使にも匹敵し得るほどの力を備えてしまった。そんな相手に寝返り話をするだけ無駄だ。全くの無駄。ただ君の身が危ういだけ。分かったらもう二度とするなよ。これは忠告じゃない。警告だ」
 しかし、ここまで言われてもアザゼルは納得の色を僅かも見せなかった。
「一体何がそんなに気に入らないんだか? 僕が勝手にやって勝手に危険な目に遭うんだけのことだ。放っておけばいいだろ……」
 これはつまり『その警告には従わない』というラファエルを憤慨させるに充分値する返事だった。
「いい加減にしろ。我々は上級天使だ。個々の勝手な行動で足を引っ張り合うわけにはいかない!! 勝手な行動をするのはクソガキ一匹だけで十二分だ!!」
「………………」
 ラファエルに怒鳴られてもアザゼルは全く動じず無言で応じた。やはり納得がいかないらしい。そんな反応薄いアザゼルの代わりにヨーフィが影で「クソガキって俺か〜っ!?」と盛大に目を丸くした。
「ったく。少しは自覚しろ。早くこのくだらん戦争を終わらせるためにもな。……話はそれだけだ。君の気持ちが変わってくれることを願う」
 考えが根本から違う相手との言い合いは時間の無駄である。とにかく言うだけ言った、後は本人の問題だ。ラファエルは気を取り直してヨーフィの方に目を向けた。
「ヨーフィ、いつもの時間に私の家へ来なさい。一応貴方も疲れてるでしょう? それなりに労って元気出るような御飯作ってあげますよ。それじゃ」
 来る来ないの返事を聞く必要は無い。何故ならヨーフィは必ず来る。よってラファエルはさっさと背中を向け、その場から音もなく姿を消した。
「や、やったー!!」
 広大な花畑にヨーフィの歓喜に満ちた声が響き渡った。ラファエルの手料理はそれだけ彼にとって嬉しいものなのだ。
 一方アザゼルはヨーフィの大声にもさして驚かず、無言を貫いた。
「………………」
 拳を握って喜ぶヨーフィを一応チラッとだけ気にしたものの、アザゼルはまた自分の世界に篭って空の一点を見つめる。まるで嵐が去ったように静かになった花畑の真ん中でこうしてゆっくり雲が流れていく空を見ていると、つい先程まで血と砂埃に塗れ死闘を繰り広げていたことなど嘘のよう……。と、そんな具合に黄昏ている最中アザゼルは小さな手に肩を叩かれた。
「ん……?」
 振り向くと神妙な面持ちのヨーフィの顔があった。
「あ……。あのさ、あんな言い方してるけどさ……、ラファ兄はアンタのことが心配なだけなんだよ。それだけは、分かって欲しいな……みたいな……」
 言うとヨーフィはまるで照れ恥ずかしさを誤魔化すように歯を見せて微笑んだ。
「……そうなの……?」
 彼の笑みに思わず無口なアザゼルがすんなりと言葉を返す。
「そうさ。言い方が素直じゃないだけ。なんだかんだ言って優しいんだよ、ラファ兄は」
「ふ〜ん……。その言葉からすると……君は、あの人が好きなんだね」
「あっはは〜! まあ……俺にとってはお母さんみたいなお父さんみたいな、つーかお兄さんみたいなお姉さんみたいな……なんつーかとにかく凄く凄く大切な人だからな!」
 ラファエルは無性の身体ゆえ、言い方に困るのだろう。しかしとにかく大切と強調するあたり微笑ましい。
「……いいね、そんな人がいるって……」
 アザゼルはマスクの下で口元を僅かに微笑ませた。これを見逃すほどヨーフィは鈍くない。初めて、アザゼルが少しだろうと笑顔を見せてくれたのだ。
「へへ〜、いいだろ〜。……なんか、ラファ兄を嫌いって言う人多いけど……、なんでなのかなあ。やっぱ喋り方があんなだからなんだろけど、みんな人を見る目がねぇんだな〜って思うわけよ俺」
「成る程……。分かっちゃった。自分の好きな人を嫌いって思われるのがイヤだったから僕なんかに声かけたんだねヨーフィ君」
「……うっ……当たり……」
 ズバリ見抜かれてヨーフィは真っ赤に染めた顔を俯かせた。
「君にとってラファエルさんって……かけがえの無い人なんだね」
「う、うん……」
「なら……、君は何故、残忍な方法で人を殺めるの?」
「えっ?」
 突然声色を変えたアザゼルにヨーフィは目を丸くした。
「君が殺してきた人たちも、誰かにとってはかけがえの無い人だったはずだよ。何故、殺めるの? 相手の痛みが分からないわけじゃないだろう?」
「………………」
 ヨーフィは黙りこくった。が、すぐに口を開いた。
「だから、殺すんだ」
 迷いのない声だった。
「なんでかって言われても……。そうだな〜、アンタと一緒でわけ有りさ。口には出せないわけがある。アンタも自分の中の秘密を容易く人に明かせない気持ちが分からないわけじゃないだろう?」
「おっと、見事にブーメランが帰ってきたね。分かった、深くは聞かない」
 それ以上の疑問を投げかけるでもなくアザゼルはあっさり頷いた。
 明かせない事情を無理に掘るのは野暮というものである。ヨーフィは安堵の息をついた。そして、ふと疑問に思った。
「あのさ。どうでもいいけど〜、アンタ今日はよく喋るね?」
「ああ……。最初に会った時の態度なら謝るよ……。僕は口下手でもって人見知りが凄く激しいんだ……」
 言うとアザゼルは気まずそうにプイッとまた空を見上げてしまった。
 成る程、たったそれだけのことだったのか……。ヨーフィは思わず声を出して笑ってしまった。



「元気が出るような飯を作ってやるとは言ったものの……何を作るべきだろうか」
 ヨーフィの大好物はなんだったか考えを巡らせながらラファエルは天界唯一の街に買出しへと来ていた。しかし買出しとは名ばかりだ。何故なら『買う』という概念が此処には無い。ゆえに店員の姿なんてのも此処には無い。店ごとに食料品やら何やらが綺麗に並んで置かれている、欲しいものがあればそれをお金を使うこともなく普通に持って帰ればいいだけ。
 こんなシステムでも必要の無いものを欲張って持ち帰る者はいない。持ち帰ってもただゴミになってしまう。物資に困っていない天界は『欲』がなんの得にもならない世界なのだ。
 戦争を切り上げてまだ間もないせいか食品店に人影は殆ど無し。みな悠長に飯の支度をするどころではないのだろう。
(ヨーフィの好物は果物だが……。主食は肉料理でいいか)
 ラファエルは一人、大量に並んでいる色とりどりの食材を見つめた。
 天使だからといって肉を食べることへの抵抗は何一つ無い。それは神が食料にと創造した生き物の肉だからだ。「神が食用に創ったものだ、食べて何が悪い」それがこの天界にいるほぼ全ての天使の考えである。
(よし、牛肉にしよっと)
 ラファエルはパッと見て一番美味しそうな肉を袋に入れた。一応食材を選ぶ目には自信があったりする彼である。
(あとは付け合せの野菜と……、アイツの好物の果物でも何個か持っていくか)
 献立をバッチリ組み立て、ラファエルは目当ての食材を次々と手に取っていった――その時だった。
「めっちゃめちゃ主婦ッスね、ラファエルさ〜ん」
 後方から陽気な、しかししっかりと皮肉を込めた声。相手が誰かは、すぐに察しがついた。
「黙れ。誰が主婦だ、ふざけるな。私はまだ独身だ」
 ラファエルは振り向かずに返した。するとタタタッと軽快な小走りの足音が近付いてきた。明らかにこちらに向かってきている足音である。
 ラファエルはハァ〜〜〜〜と深く溜め息をついた。今日は本当に溜め息ばかりだ。
「今日の晩御飯は何にするんですかあ〜?」
 駆け寄ってきたミカエルが元気良くラファエルの視界にひょいと顔を出した。
「うるっせぇなあ……」
 やっぱりコイツか……と、ラファエルは自分の肩の力がガクンと落ちるのを感じた。ミカエルはあまり戦争に好んで参加しない性分ゆえ、今回もほぼ無傷。殆ど仕事をしなかった何よりの証拠である。こっちはこんなに包帯まみれだってのにコノヤロウ――――ラファエルは思わず声にならない声で愚痴を溢した。
「ステーキとその他、色々。それが私の夕飯だよ」
 自分より背の低いミカエルをジッと見下ろし、ラファエルは冷たく返事をした。あまり話をしたくない、という遠回しアピールだ。しかしミカエルは遠回りのアピールが通じる相手ではなかった。
「あ〜っ、お肉かあ! 僕、今日皆で打ち上げやるんですけどメニューに困ってたんですよ〜ん! お肉いいかも! あ、僕はお肉あんまり好きじゃないんだけどねん? みんなは結構好きだからさ!」
「打ち上げ? なんのだ?」
「えっと〜……名付けて『戦争ご苦労様でしたパーティー』やるんですよ〜ん。そのまんま!」
 アハハッと笑うミカエルにラファエルは再び溜め息をついた。
「お前ら何かにつけてパーティーだな……。この間は確か誰かの『飼ってる鳥が卵を産んだぞパーティー』だったそうだが。しかし今回は、っつーか今回も、だな。お前もその周りのヤツらもろくに戦争参加してなかっただろが!」
「なぬ!?」
 ラファエルの言葉にミカエルは顔をムッとさせた。
「な〜に言ってるんですか! ちゃんと現地には足を運びましたよ! 足を運んだことに意義があるんですんっ!」
「足って、お前の友人なんか足も運んでないヤツばっかじゃないか……。いや、もういい……」
 すっかり呆れてしまったラファエルである。
「分かってもらえて光栄でっす! じゃあ僕は準備に忙しいのでこれにて〜」
 言うとミカエルは水色の髪を風になびかせてラファエルに背を向けた。が、此処でラファエルはふと大事なことを思い出した。
「ちょっと待て」
「は〜い?」
 素直に足を止め、ミカエルが呑気な顔でもって振り返る。
「お前、今回の戦争で裏切り行為をしなかったか?」
 静かに、だが凄みを利かせて問いかける。するとミカエルはギョッと目を見開いた。分かりやすい男である。
「へっ!? ななななななな、なんのことかしらん!? そんなことするわけないっしょ。失礼なこと言わないでよんっ!」
「耳の利く私が気付かないとでも思ったか? お前がバアルの大ファンだと豪語して女帝ルシフェルをあの場に案内したことを」
「……うっ」
 ミカエルの顔が明らかに青ざめた。
「なんだったかな。私が大嫌いでバアルが好きだからなんとかしてくれ〜だっけか?」
「はぅっ!」
「それから、私に気付かれるから瞬間移動を使わない〜とも言ったな?」
「どどど……どうしてそれを!?」
 これはもう言い逃れ出来ないと思ったミカエルはとうとう観念した。
「地獄耳の賜物ですよ。さり気なく結界まで張って隠そうとしたみたいだが、残念。丸聞こえ。……さて、聞かせて頂こうか? 裏切り行為の理由をな」
「いや、あの、えっと……わはははっ。でも裏切りだなんて大袈裟ですよん。僕はただバアル様を殺されたくなかっただけです」
 それは全く悪びれを感じない笑みであった。
「それが裏切りだと言っているんだがな」
「いえいえ。ラファエルさんもバアル様には死んで欲しくなかったみたいですし。だから丁度良かったでしょ?」
「なんだと?」
 明らかにラファエルの表情が変わった。ミカエルがニヤリと笑う。
「当たりでしょ? 貴方は彼のことが心から憎めないんだ。だってバアル様は貴方の……」
「黙れ。お前にとやかく言われる筋合いはない!!」
「あ、ムキになっちゃって。どうやら僕の考え、的中してたようですね」
「何をゴチャゴチャと……! とにかく次は無いぞ。次、同じことをしてみろ。お前とて容赦はしない」
「あははは〜、分かりました。次回は気をつけますね〜ん」
 言うとミカエルは「じゃっ」と手を振って精肉コーナーへと軽快に走っていった。
(反省してない。あの様子からしてアイツは全っ然反省していない!!)
 ラファエルは苛立った。人の事情を勘ぐるのが大好きなミカエルのことがとにかく気に食わない。あんなにラファエルにとって可愛くない相手は稀である。
 しかし、少しだけ、分かってはいる。とある勇敢な大天使の意志とラファエルの血を糧に神はミカエルを創造した。ラファエルとミカエルが僅かに似ている理由はそれだ。優れた血を元に、強い力を誇る命令に忠実な天使を欲しがっていた神の思いを受けてミカエルは生まれた。しかし育ってみればどうしたことだろう。生まれた理由が気に入らなかったのかミカエルはまるで正反対な性格に仕上がってしまった。
 神に従うためだけに創られた命なら、要らない――
 ミカエルは自分の生まれた理由に昔から反発していた。ラファエルに生意気な態度を取るのもその為だ。「アンタを見ていると僕も下手したらこうなってたのかなーって思えちゃって切なくなるから。だからアンタに似てるこの女々しい顔も嫌い」と彼は笑いながら言い放つ。そこまで女に間違えられるのが嫌ならその腰まで伸ばしてる髪を切れと言うと「せっかくバアル様の真似をして伸ばしてるのに切ってたまるか!」と言う。……無茶苦茶だ。
(だがな、私もお前を少なからず憎んでいるんだよ……)
 古い記憶が頭の中を駆け巡る。
(お前は、何を不自由して私を憎んでいる? 誰に抱かれることも、抱くことも叶わぬこの身体……。誰を好くことも許されぬ。男も女も愛せぬ。それをお前は『それが本当なら随分とつまらない身体だ』と笑う。全く、その通りだ。似ているとは名ばかりに、この苦しみをお前は味わうことない身体で生まれて来た。なのに、何を不満としている……?)
 神に従うためだけに創られた命なら、要らない――
 そんなの、誰だってそうだ。
 全く、どいつもこいつも逃げることばかり考えている。
(バアル、貴方だけは違うと言ってくれ……)
 ラファエルは手に持った果物を気付かぬうちに握り潰していた。



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