【23:焼け野原にて】


 レヴァイアは再び茨の丘へとやってきた。
「さ〜て、ルシフェルのヤツは何処にいるのかな〜?」
 一人呟き、のんびり辺りを見回す。
 天使も仲間の悪魔たちもみんな綺麗サッパリ引いた後……。数時間前、沢山の悪魔と天使が血を流し合っていた場所とは思えないほどに今や此処はシンと静まり返っていた。人っ子一人、見当たらない。祭りの終わりというのは寂しいものである。
 それにしても、殺風景だ。そして焦げ臭い。この辺一帯、真っ黒こげな焼け野原である。ルシフェルが炎で天使を盛大に焼き払ったためだろう。ちらほら残っている黒い煙と共に風に乗って肉の焦げた嫌な臭いが漂って来る。これはサタンがいた時からよく嗅いでいた臭い、ゆえにレヴァイアは大して気に留めなかったが……、不慣れな者ならば鼻を抓まんで顔をグシャグシャにしかめていたに違いない。
 しかし困った。此処は特に目立った障害物も無し、目を動かしただけで遠くまで良く見渡せる地なのだが、どうにもこうにもルシフェルの姿が見つからない。あまりにも迎えが遅いので怒って一人で歩いて帰ったのだろうか? ……有り得ない。面倒臭がりな彼女は歩くことが好きではないし、帰り道の分からぬ道を行くほど無謀でもない。
 ならば、何処にいるのだろう?
(俺の目から逃れられるわけが無し、と)
 レヴァイアは改めて目を凝らした。すると……遠く、遙か前方に微かに立ち上っている黒い煙が見えた。『今まさに何か焼いてます』と言いたげな煙である。その煙に紛れて消えてしまいそうなくらい小さな小さな人影が見えた。しかし見間違うはずもない、あれは可愛い可愛い甥っ子の姿である。
「いたいた」
 早速可愛い甥っ子を迎えにレヴァイアはその場から音も無く姿を消した。
 瞬き一つで目的地に到着。見れば見るほどにこの煙を眺めている少女は可愛い甥っ子、幼い女帝ルシフェルである。……しかし、何か様子がおかしい。
「ルシフェル?」
 とてもじゃないが容易く声を掛けていい雰囲気ではない。だがレヴァイアは臆さずルシフェルの背中に声をかけた――――案の定、返事は無し。
「なんなんだよ……。おい、ルシフェル! 確かに迎えに来るの遅かったけど、何もそんなに怒ること……」
 歩み寄ったところでレヴァイアは声を詰まらせた。ルシフェルの『焼いているもの』を見て言葉が出なくなってしまったのである。
「……この辺一帯を焼き尽くす前に、集めておいたの。『皆』を天使と一緒に焼き尽くすなんて……、嫌だったから……」
 視線は立ち上る煙に向けたまま、ようやくルシフェルが口を開いた。
「ルシフェル、お前……」
 彼女が焼いていたもの――それは名誉の戦死を遂げた悪魔たちの遺体だった。最後の手向けとして、ルシフェルは女帝としてせめて出来ることをとの思いから仲間を火葬していたのである。その炎はいつもの全てを灰にするような業火とは違い、静かに優しく揺らめいていた……。
 この広い荒地を歩いては仲間を見つけ、フォークより重いものを持ったことがないその細い腕で一人一人を引き摺っては此処に集めてきたのだろう。ルシフェルの汚れた両手のひらと、辺りの大地に刻まれた何かを引き摺った跡がその証。相当な苦労だったに違いない。
「アタシ、守れなかったよ……。31人もの仲間を……守れなかったよ、レヴァイア……」
 拳をギュッと握ってルシフェルは今にも泣きそうな声を出した。
「お前のせいじゃねえよ。お前のせいじゃない……。俺たちみんなのせいさ」
 どいつもこいつも自分ばっか責めやがって……と、内心思ったレヴァイアである。しかし、参った。こういう時、サタンだったら娘になんと声を掛けてやるだろう。
 きっと、ごく単純な一言を選ぶに違いない。ごく単純で、でもそれ以上に的確な言葉など無いだろうと思えるような一言を迷わず見つけて、口に出していたはずだ。大好きだった兄貴分はそうして笑顔でなんでも乗り切ってきた。
 しかしレヴァイアにはそのごく単純な一言が見つからない。
(兄ちゃん……。俺に、アンタの代わりが務まるかな……?)
 弱音が胸を掠めて行ったその時、暫く黙ったままいたルシフェルがゆっくりと振り返った。涙をいっぱいに溜めた目が真っ直ぐに兄を見つめる。
「じゃあ……、何人だった?」
「なにが?」
 主語の無い言葉にレヴァイアは首を傾げた。
「何人だった!? お父さんとお母さんがいた時は、いつも何人死んでた!?」
「は? …………んなの、覚えてねぇよ」
「……それは……きっと死んだ人が少なかったからだ。今までこんなに沢山の犠牲が出ることなんかなかった証拠だ!!」
 大声で叫び、ルシフェルは癇癪を起こしたように頭を掻き毟った。
「お前、それはただの決め付けだよ……」
 そうだ、彼女は元々こういう子なのだ。勝気なふりをしているが根はとても繊細なのである。仲間の死に直面して取り乱すのも無理はない。
(そもそも、俺がしっかりしてないから殺しちまったようなもんなのに……)
 レヴァイアは、やりきれなかった。犠牲を出したことも然ることながら、無垢なルシフェルを戦争に参加させてしまった自分たちの不甲斐なさに唇を噛む。
「なあ、でも悔しいのは分かるけど……」
「アタシなんか女帝失格だ!! お父さんの全てを継ぐ資格なんかアタシには無かったんだっ!!」
 言葉を挟む隙も与えずルシフェルはワッと堰を切ったように泣き出してしまった。
 これを見てレヴァイアが表情を変えた。
「なに言ってんだよ。そんなことないって! 落ち着けよ!」
 諭し、手を差し伸べる。しかしルシフェルはその手を振り払い、尚も泣き叫んだ。
「もういいよ、放っておいてよ!! お父さんとお母さんの力を受け継いだところでアタシはなんにも出来ないヤツなんだ!! いなくなった方がいいんだ!!」
「ルシフェル!!」
 しっかりしろと至近距離で名を呼ぶ。どうか気を落ち着かせて欲しい。しかしルシフェルの耳には届かない。
「アタシなんか生まれなきゃ良かったんだ!! そうすればきっとお父さんもお母さんも死なないで済んだんだよ!! お父さんたちが生きてればこの皆だって死なずに済んだんだ!! みんなアタシが……アタシが悪いんだーっ!!」
 そうしてルシフェルは頭を抱えながらとうとう地面にガクンと膝をついてしまった。
 定まらぬ視点。尋常ではない眼の色。今のルシフェルは自分で自分が何を言っているのか分かっていない状況だろう。
 どうしたものか悩んでいる暇などレヴァイアには無い。何が何でも引っ張り連れて帰るしかないのだ。混乱しているなら尚更である。
「馬鹿野郎、そんなのお前の勝手に決め付けだよ!! ほら、しっかりしろって……」
 脇に手を入れて引っ張り立たせようと試みる。しかしルシフェルは頭を左右に激しく振って兄の優しさを拒んだ。
「触らないで!! いいよ、分かってるんだから!! バアルや、レヴァイアだって……ホントはアタシのこと嫌いなクセに! 憎んでるくせに!! お父さんとお母さんを殺したアタシなんか死んじゃえばいいんだって思ってるクセに!!」
 言葉の意味など考えずにルシフェルは叫んだ。何でもいいから浮かんだ言葉を大声に出せばこの悔しさが少しでも晴れると思ってのことだった。……しかし、ルシフェルはふと我に返った。同時に涙も止まった。
(アタシ、今、何を言ったの……?)
 冷や汗が流れる。今までの興奮は何処へやら、手足がキンと凍りつくような感覚に襲われた。
 何か、簡単には許されないようなことを言ってしまった……、そう本能的に察したのである。
 ルシフェルは恐る恐る顔を上げてレヴァイアの表情をうかがった。瞬間、今までに無い恐怖が身体を突き抜けた。
 レヴァイアのこんな目を、ルシフェルは今まで見たことがない。ギラリと見開き、まるでこちらに殺意を抱いているような怒りに染まった目……。普段は底抜けに無邪気な彼が、そんな刃よりも鋭利な目で静かにこちらを睨んでいる。ルシフェルは自身の指先がキンと凍りつくのを感じた。こんな、身体に血が巡らないほどの恐怖を味わうのは、生まれて初めてのことである。
「……お前、今、なんて言った……?」
 鋭い眼光そのままにレヴァイアが低い声で問う。
 最早その形相はルシフェルのよく知る兄ではなく、天使たちが言う『化け物』または『破壊神』の色に染まっていた。
 ――恐い。
「あ……。ご、ごめんなさ……い」
 恐怖に竦んだルシフェルは手足をガタガタ震わした。舌が硬直し、上手く声を出すこともままならない。
「なんて言ったのかって聞いてんだよ」
 ジャラリと鎖の音を鳴らしてレヴァイアは手に持っていたフレイルを地面に落とした。そしてドスンと重たい音が響き、衝撃で地面に亀裂が走った。今のルシフェルの恐怖を倍増させるには充分な衝撃音である。
「そうか……、お前はそんな風に俺たちのことを見てたんだな?」
 ボソボソと呟きながらレヴァイアが表情を変えぬままゆっくりと歩み寄る。
 怯えたルシフェルは体勢を崩して無様に地面へ尻餅をついた。それでも必死に後退りしようとする、だが身体が動いてくれない。
「御免なさい……御免なさ……い……」
 命懸けで自分を守ってくれている兄に向かって、決して言ってはいけないことを、言ってしまった。
 この震えは、目の前の彼の怒りが恐いからではない。これを機に彼が自分の側に帰ってきてくれなくなることへの恐怖からである。
 大切な存在を失ってしまう恐怖が、全身を蝕む。
(ア、アタシ、なんてことを言っちゃったんだろう……!)
 涙を流し、後悔の念に駆られながらルシフェルは歩み寄るレヴァイアの足元を見開いた目で見つめた。
「レヴァイア……、ごめん……!」
 どうか許して欲しいと最後の望みを託し、震える声で謝罪する。しかしレヴァイアは歩みを止めない。
「黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって……、こっちにも限界ってのがあんだよ!!」
 目前に迫ったレヴァイアが大声を張り上げて拳をギリギリと肉の軋む音が聞こえるほどにキツく握り締める。そして……、彼の鋭く長い爪が手のひらを裂いたようだ。赤い滴がポタリと一滴、乾いた地面に落ちた。
「っ……」
 血の赤を目にし、いよいよルシフェルは殴られる予感にも襲われ、咄嗟に両手で頭を抱えて身を強張らせた。
 しかし――――――――この予感は、外れた。
「ば〜か。俺なんかにビビってピーピー泣きやがって。憎いわけないだろ、死んじゃえばいいなんて思ってるわけないだろ。お前は俺たちにとって自分の命より大事な可愛い妹なんだから……。な?」
 レヴァイアが先程とは打って変わった優しい声でルシフェルに語りかける。
「レヴァイア……」
 ルシフェルは予想していなかった事態にこれはこれで硬直した。だが、同時に身体中の力が抜け落ちるほどに安堵し、力強く自分を抱く彼の腕の温もりに「暖かい……」と呟いて目を細めた。
 彼はルシフェルを殴りつけるどころか「大丈夫だ」と言い聞かせるように背中へ腕を回してギュッと抱き締めてくれたのである。
 押し付けられた胸から彼の温かい鼓動を感じる。此処には怒りなど微塵も感じない。
 だったらさっきの物凄い形相はなんだったんだと考えを巡らせた時、ルシフェルは自身がどれだけ身勝手な言葉を放ったか改めて悔やんだ。
 父サタンから聞いて知っていたはずだ。彼は明朗快活な表情の裏に意外と闇を抱えていると。その力の巨大さゆえに全ての責任を自分のものとして負ってしまうんだと。
 さっきの彼の怒りの矛先は、自分自身だったのだ。自身の不甲斐なさから可愛い妹分を苦悩させてしまったことを悔やんで、自分に怒っていた……。
「サタンはお前をそんな風に苦しめたくて自分を喰わせたんじゃないよ。きっと、ただただ心配だったんだよ。お前をさ、一人残して死ぬっていうのが……。だからルシフェル、そんなアイツの気持ちだけは分かってやってよ。力があれば殺されることなんか無い。地位があれば人が集うから寂しくなることもない……な〜んて考えたんだろな、単純思考だから……。不器用だけど、アイツはお前の幸せだけを願ってたんだ。分かってやってよ」
 レヴァイアの言葉にルシフェルは「うん」と頷いてまた涙を溢した。
 彼はきっとまだ自分に怒っているはずだ。それなのに今はそんな怒りなど噛み殺してルシフェルを温かく見つめてくれている……。
 ルシフェルは胸が詰まりそうだった。
「あと、今回の皆の死はお前のせいじゃないよ。俺たちみんなのせいさ。だから一人で背負い込むんじゃねえよ。いいな?」
「うん……。分かった……」
 もうルシフェルはただただ頷くしかなかった。頭上でレヴァイアが大きく息を吐く。
「なあ、ルシフェル。前から聞きたかったんだが、ぶっちゃけ俺たちって頼りないか?」
 突然の問い。ルシフェルは「えっ?」と思わず戸惑いの声を上げた。
「ううん……! そんなことない、凄い頼りにしてる……!」
「そっか!! じゃあもっと頼れ!! 分かったな!!」
 ルシフェルの返事に満足したのかレヴァイアがキラリと輝く笑顔向ける。
「お、おおぅ、分かった……!」
 一体何が言いたいの〜と苦笑いを浮かべてルシフェルが大きく瞬きを繰り返すと、彼はますます頬を持ち上げた。
「よし!! ならさ、さっきみたいに無茶苦茶叫んでもいいよ、ドカバキ暴れたっていいさ。全部受け止めてやるから。もう一人で苦しむのなんかやめてなんでも吐き出しに来いよ。俺たちそのためにいるんだからな」
「レヴァイア……!」
 この胸に強く込み上げた感情をなんと表現すればいいのか。
 両親を喰い殺して以来、ルシフェルは今の今まで兄と慕ってきたバアルとレヴァイアに心から素直になれなくなった。
 どうして今までと同じように側に寄り添って笑うことが出来るだろう。
 二人の大切な親友を殺した負い目から、自然と距離を開けた。しかしツシフェルが罪に苛まれ肩を落とす度に、二人は察して側に寄り添い支えてくれた。そして口を酸っぱくする程に「お前のせいじゃない。気にするな」と言ってくれた。
(アタシ……、何度もその言葉を無視していたのに……!)
「なんで……? なんでそこまでしてくれるの?」
 大粒の涙を溢しながら優しい兄に問いかける。
「え? なんでって言われても〜……。そうだな、可愛いからかなあ〜」
 泣きじゃくるルシフェルとは反対にレヴァイアは何処かトボけたような態度である。問いをはぐらかす気満々だ。これは、これ以上しつこく聞いても答えは得られそうにない。彼は逃げるのが上手い男だ。困ったことがあるとすぐに笑って誤魔化す。
「とにかく、ありがとうね」
「な〜んだよ、改まってさ〜」
 白い歯を見せてレヴァイアが笑う。その笑顔を見つめてルシフェルは少し思うところがあった。昔から、不思議だったのだ。何故バアルとレヴァイアが身をていして自分を守ってくれるのか……。レヴァイアの言う通り「可愛いから!」という言葉が全てで、本当に深い理由なんてないのかもしれない。……と、駄目だ、まだ諦めるのは早い。レヴァイアに聞いただけで結論づけては駄目だ。まだバアルに聞いてみたいと――――瞬間、ルシフェルは大事なことを思い出した。
「そういえば、バアルとカインはどうなったの?」
 まあ、死んではいないことは分かっている。二人が頑丈なのも知っている。しかしあれだけの大怪我を負ったのだ、やはり心配になる。
「ん? 二人とも目覚めてすぐに悲鳴上げるわなんだって大騒ぎしてたから全然大丈夫だよ」
「大騒ぎって……。ま、まあいいや、それなら良かった」
 安堵したところでまたルシフェルはレヴァイアの胸に顔を埋めた。やはりこのルシフェルが幼い頃からずっと守ってきてくれた腕の中は良いものだ。ホッとする。こんなに安心出来る場所をルシフェルは自ら遠ざけていたわけだ。
 もう、意地を張るのはやめよう。張り切れる自信の無い意地なら最初から張るべきではない。そうルシフェルが胸に誓うと同時に頭上でレヴァイアは「ヒヒヒッ」と怪しく笑った。
「それにしてもさっきは傑作だったなあ〜。俺がちょっと怒った顔しただけでル〜ったらビビりまくり!!」
 言ってケタケタと笑うレヴァイア……。
「あのね!! レヴァ君もっと自分の顔の恐さ自覚した方がいいわよ!! 全くもう人が真面目に泣いてる時に茶化して酷いよ、酷いよ〜!!」
 嘆いてルシフェルはレヴァイアをポコポコと叩いた。そして気が付く。いつの間にか己の涙が止まっていたことに。
 レヴァイアはこういうところが上手い。
「さ〜て。ル〜ちゃん、そろそろ帰ろ」
 泣き止んだルシフェルの頭を優しく撫でてレヴァイアが微笑む。だがルシフェルは首を横に振った。
「ううん、もう少しこのまま……」
「うん、分かっ……えっ!? い、嫌だなあ、もう。そんな俺照れちゃうよ〜っ!」
 そんなに俺の腕の中は心地良いかそうかそうかー! と照れ笑いのレヴァイア。しかしその笑顔はすぐに曇った。
 耳に、ルシフェルの静かな寝息が届いたからだ。
「………………」
 そうッスか。眠かっただけッスか。まあ今日は頑張ったし、泣き疲れちゃったんだろうな。いいさ、いいさ――レヴァイアはボソボソと声にならぬ声で嘆いた後、動かなくなったルシフェルをひょいと片手で抱え、ついでに先程落として地面に突き刺してしまったフレイルも拾い上げた。
 しかし実際は嘆く必要などないくらいにルシフェルはレヴァイアの腕の中で夢心地だった。大きな手といいなんといい、懐かしさを感じたためだ。何気に彼レヴァイアは父サタンによく似ている。顔と背格好は違えど、何処かよく似ているのである。
 よく昔は父の胸に抱かれて眠っていた。些細なことでルシフェルが泣きじゃくっては「しっかりしろ」だの「大丈夫だ」と励ましてすぐに抱き締めてくれた父。今の状況はそんな父の存在を思い出す。これでは安堵して瞼も重くなってしまうというものだ。
 だが、ルシフェルは完全に意識を失う前に一つだけ考えを巡らせていた。バアルとレヴァイアへの恩返しについてである。
 しかしながら返せるものなど何も持っていない……。ならばせめて出来ることをしよう。彼らが「是非そうしてくれ」と望んでくれるのだから、この心を惜しまず開こう。もう二度と意地は張らないと誓おう。
(アタシは、素直になる。今日から、ずっと、ずっと……)
 そうして一つの答えを導いた後、ルシフェルの記憶は途絶えた。
「一体どんな夢を見ているやら」
 流石に頭の中までは読めないが、レヴァイアは久々に見る可愛い寝顔を見て思わず顔を綻ばせた。
 頭の中までは読めない。けれどこの穏やかな寝息はしっかりレヴァイアに「ただいま」と告げている。
 やっと、少し家出をしていた可愛い妹がこの腕の中に帰ってきたのだ。
 ふとその時、仲間たちを火葬していた火が消え、遺灰だけが静かに風に流れ始めた。
「みんな、ゴメンな。今までありがとう。安らかに眠ってくれ」
 レヴァイアは遺灰に優しく語りかけると、ふわりと柔らかい風を巻き起こして遺灰を空へ向かって舞い上げた。
 せめて、大好きだった空へ帰れますように。窮屈だったこの世界から無事に旅立てますように。次はもっと幸せな地に生を受けますようにと願いを込めて――――。



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