【02:彼は形にする術を知らない】
※「01:胸焼けするほどの愛を捧ぐ」の続編です※
バアルが使いのカラスを飛ばして「ちょっと話がある」とカイン一人にだけ伝えてきた。王様から直々に御指名つきの呼び出し。それだけでなんだか少し嫌な予感はしたのだが断るわけにもいかず素直に足を運ぶ。そしたらやっぱり嫌な予感は的中してしまった。
「なんだよ、その『ホワイトデー』ってのは」
今聞いた話に納得がいかず眉間にガッツリ皺を寄せるカイン。バレンタインデーの存在を知らなかった彼だ、当然セットであるホワイトデーの存在も知るはずがなかった。
「だからぁ、ホワイトデーって言って一部地域ではその日バレンタインデーにチョコくれた女の子へプレゼントを返してあげる習わしがあるんだよ。で、カインもルーシーに何かお返しやったらどうだって、俺たちからの粋なアドバイスだ!」
ねっ、とレヴァイアが目配せをすると玉座に深々と腰を下ろしたバアルも迷わず頷いてみせた。
「ええ、そしたらルシフェルとっても喜ぶと思うんです」
朗らかに微笑むバアル。成る程、可愛いルシフェルを想ってのことなのだろう、しかしカインには到底納得の出来る話ではない。
「いやいやいやいや、自分で言うのもなんだけど両手いっぱいの炭を食っただけでも立派なモンだと思うけどな」
そう、ルシフェルがバレンタインデーにくれたプレゼントはチョコではない、炭である。真っ黒な炭の塊である。それをカインはルシフェルのためと思って嫌な顔一つせずありがとうと感謝を述べて受け取り、迷わず口の中に入れて頬張った。本当にそれだけでも立派なものである。
が、この兄たちはそれだけでは足りないと言いたげだ。
「ですから、そこへ更にお返しのプレゼントを足したらもっと立派なものになりますよと」
「いやいやいやいや……。ヤダよ!! 炭食べただけで充分頑張ったじゃん!! 尚且つ自腹切ってプレゼント渡せってそんな理不尽なことがあるかい!?」
なんたってカインはお小遣い制の身である。日々の飲み代をやりくりするだけで精一杯、というか足りなくて毎回「お願いしまーす」とルシフェルに頼み込んで追加のお小遣いを貰っているくらいである。彼のお財布事情はとても厳しい。
「では金銭的な問題さえなければルシフェルにお返しのプレゼントをあげてもいいのかな?」
「ああ、そりゃあまあ〜……」
と、バアルの問いに頷きかけたところでカインは言葉に詰まった。逃げ道を自ら塞いでしまった気がしたからである。いや、気のせいではない。確かに塞いでしまった。
「ならばお任せください。お金でしたら私たちが援助しましょう」
やっぱり、である。
「いや、でも〜……」
「まだ何か問題が?」
静かに、しかし絶対に断らせないという思いを隠さぬ迫力ある笑顔でグイグイ凄んでくるバアル。こういう時いつもストッパーを務めてくれるのがレヴァイアなのだが、今回は彼もバアルの意見に賛成ときた。現にただニコニコ笑いながらこっちの返事を待っている。
逃げ場なしである。
「いや、なんにも問題ないッス……」
最早、頷く他に道はなかった。
帰り道、街に立ち寄ったカインはそこで初めてバレンタインの時に飾られていた赤い旗やリボンの代わりに白い旗やリボンが街に溢れていることに気が付いた。文字の読めないカインには想像することしか出来ないが、恐らくその旗やリボンにはホワイトデーとでも書かれているのだろう。そうした飾り付けのされた店頭では自分と同じ境遇と思しき男たちが顎に手を当てて商品を見定めている。
お金の問題は解決した。だが、プレゼントを選ぶということそれ自体がどうにも面倒である。あんな気難しそうな女帝に一体なにをプレゼントしろというのか……。
バアルたちに何がいいかとアドバイスを請えば「それは貴方が考えること」ときたもんだ。いやはや、面倒臭い。しかし約束を違えるのは主義ではない。プレゼントを渡すと頷いてしまった手前、どうにかするしかない。
期限は明日まで。何故なら明日がそのホワイトデーだからだ。バアル曰く記念日は日にち厳守、過ぎてはならないとのこと。ならもっと早く教えて欲しかったものだ――――が、早く言われたところでカインのことだ、ギリギリまで気にしなくていいだろうと思っているうちにホワイトデーのことなど忘れていそうである。うむ、当初は急な話過ぎるだろコノヤローと腹が立ったが、きっとそういう魂胆があったわけだ。あの魔王二人はカインの性格をよく分かっている……。
仕方がないので揃いも揃って店の前で首を傾げてる男たちの列に交じり、一緒に商品を見定めてみることにした。どうやら此処はお菓子屋のようだ。ルシフェルにあげるよりも自分で食べてしまいたいような美味しそうなお菓子がズラリと並んでいる。
「あ、カインさんもホワイトデーのお返し選びですか?」
白髪に赤い目でロングコートを着込んだ長身のカインはなかなか街では目立つ存在である。ゆえに先程まで商品に熱視線を注いでいた男の一人が声をかけてきた。
「まあね。魔王サマ二人がお返しあげろあげろって言うもんだからよ」
「アハハッ。じゃあルシフェル様へのお返しですか?」
茶化すように男が言う。ルシフェルとカインのことももう街では知らぬ者などいない。助けた罪人に女帝がベタ惚れと、すっかり有名な話である。
「そーだよ、他に誰がいますかよっ! ったく、プレゼント選びなんて面倒くせー……。やっぱお菓子にはお菓子で返すのがベタかな?」
ちょっと正直な愚痴が溢れてしまったが、すぐに気を取り直してカインは男にアドバイスを請うてみた。なにせ女の子へのプレゼント選びなど今まで経験したことがないカインは本当に何を渡したらいいやら見当もつかないのである。
「どうかなあ。ウチの嫁は甘いものが大好きだから喜んでくれると思うけど、でもお菓子って食ったらなくなっちゃうからなーって、今ちょっと俺も悩んでるんスよ。形に残るもんのがいいかなーみたいな」
男が言うと、ちゃっかり話を聞いていたのか隣で悩んでいた男も「俺も同じく」と頷き、それを皮切りに「俺も同じ」「俺も」とその場にいた男全員が頷いてみせた。
「み、みんな悩んでるんだな……」
仲間がいっぱい。心強いような心細いような、よく分からない感情が込み上げたカインである。
「つかウチの嫁ってことはアンタ結婚してんだろ? んじゃマズくね? 嫁の好みくらい分かっとけよって話だ」
「いやいやいや、もう結婚80年目になるけど女ってのは未知な生き物でねえ……。全然掴めないんだわ、これが」
しみじみ、といった表情である。しかしこの男、どう見てもチャラい兄ちゃんなのだが結婚80年目ということはそこそこ歳を食ってる悪魔なのだろう。全く見た目がアテにならないにも程がある。
「そんなわけで大好物にしようか、形が残るものにしようか、いっそ両方にするか……。さっきからグルグル考え込んでるんス」
「ああ〜。まあそこは同感だなあ。お菓子って食ったらなくなっちまうもんなあ〜」
はたしてルシフェルはどうなのだろう。大好きなお菓子がいいのか形に残るもののがいいのか……。
「確かに形には残りませんが、でも美味しいお菓子を食べて大好きな人と過ごした幸せな時間は素敵な思い出として残りますよ」
話を聞いていた店員が身を乗り出してきた。彼女の手に持ったトレイには試食どうぞと言わんばかりの一口サイズに分けられ爪楊枝を中心にプスッと刺した焼き菓子が沢山乗っかっている。
「へえ〜。素敵な思い出ねぇ……」
「そう、素敵な思い出! さあ、カイン様。ご試食どうぞ! ルシフェル様は当店のこのフィナンシェが大好きなんですよ」
「そうなんだ? んじゃちょっと食ってみっかな」
勧められるままにヒョイと一口、頬張ってみる。
「……うん。美味いな、コレ」
素直に感想を伝えると、店員の目が一気に輝きを増した。
「そうでしょう!? では、お返しはコレで決まりということで! どうぞ素敵な思い出を作ってください! 焼きたてですよ、いくつお買いになりますか?」
「え? え? えっと、じゃあ10個で……」
なんだか、ホイホイと話が進んでしまった。買うつもりなどなかったのに何故自分は今お金を支払っているのだろうとカインは疑問に思った。だが、お金は魔王様が負担してくれると言うのだし、とりあえずルシフェルが好きそうなものはどんどん買ってみてもいいかもしれない。もしお菓子を渡すのは相応しくないと思ったら自分で食べてしまえばいいだけだ。
カインの考えは纏まった。
「カインさん、お菓子で決まり?」
男が目をパチパチと大きく瞬きさせる。
「ああ。とりあえず一個目はコレでいいかなーって」
「一個目ってことは、まだまだ店巡ってプレゼント探すんスか! カッコイイなあ〜! んじゃ真似して俺もお菓子と宝石いっそ両方買っちゃおうかな、奮発して! そもそも多めに返したいからバレンタインデーじゃなしにホワイトデーにプレゼント渡す方向で決めたわけだしな、うんっ」
意気揚々、しかしすぐに「今月、呑みに行けなくなっちゃうかもしんないけど……」と付け足して男は苦笑いを浮かべた。
「あんだよ、満更でもなさそうじゃねーか。嫁の作る料理を肴に家呑みってのも乙だと思ってんだろ、ホントわ」
このカインの指摘はそれはもうズバリだったらしく、男はニンマリと顔を綻ばせてみせた。
「そーんなことないッスよおおお〜」
「よく言うよ! そのツラが全部物語ってるっつーの!」
そうして男と喋っているうちにお菓子を包装し終えた店員が「ありがとう御座いました」と眩い笑顔で紙袋を差し出してきた。どういうラッピングをされたのかと軽く紙袋を覗き込んでみると箱はキラキラのラッピングでもって頼んでもないのに可愛いリボンまで付いている。サービス、なのだろう多分。
「ん、どーも。……さてと、俺もう行くわ。アンタの嫁は幸せモンだなっ」
男に挨拶し、去り際に肘で軽く脇腹を小突いてやった。こういう惚気けた輩にはこれくらいしてやらないと気が済まない。
「やんっ。そんなことないッスよ! ルシフェル様のが幸せです!」
「ど〜だか! じゃーな」
手を振り、お菓子屋を後にする。彼に限らずあの店の前で真剣に品定めをしている男たちの嫁さんやら恋人はきっと幸せだろうとカインは思った。なんとも微笑ましい限りである。
さあ、この勢いで次は何を買おう……と思ったがお菓子を試食したことで喉が渇いてしまったカインはふと目に止まったコーヒーショップでブラックコーヒーを購入し、適当なベンチに腰を掛け、ちょっと早速かもしれないが一休みをすることにした。
コーヒーを啜り、ポケットから煙草を取り出して火をつける。そしてカインは煙を吐きながら一人で小さく首を傾げた。まだ、お菓子屋を一件覗いただけである。なのに何故こんなにも疲れたのだろうかと……。
(そーいや俺、アイツの欲しいモン全然知らねんだなあ……)
普段使ってない記憶回路をフル回転させて思い出をほじくり返しルシフェルの欲しい物を探っていたわけだ、慣れないことを頑張ったせいで疲れてしまったことは明白であった。なんたって勢い任せで行動するのが好きなカインである、こうしてあれこれ熟考することなど主義ではない。しかしコレばっかりはしゃんと考えて行動しなければならないと頭の中にいるもう一人の自分が言っている。しかし――――
(こんな面倒くせーことになるなら無理してあんな炭食わなきゃ良かった……)
ついつい愚痴が溢れ、溜め息してしまうのは御愛嬌。
「なーんか悩みこと?」
項垂れたカインの頭上からふと聞き覚えのある声が降って来た。見ると、案の定そこには見覚えのある顔。今日も眩しい赤髪の煙草屋さんだ。相変わらず口には咥え煙草。常に煙たい男である。
「ああ、小娘の趣味が分からなくて困ってるトコ」
「うーわ、そんなガラにもねぇ悩みかよ」
ニヤニヤと意地悪く笑うこの男は本当に遠慮というものがない。
「悪かったな! テメーこそ珍しいじゃねーか、店の外に出てくるなんてよ。お返し探しかコノヤロー。そうだって言えよ畜生」
「いいや、残念ながら俺はちょっとコーヒー飲みたくなっちゃったから買いに出てきただけ」
コレね、と煙草屋は手に持った湯気立つ紙コップを軽く掲げてみせた。
「チッ。つまんねーの」
思わず悪態をついてしまったカインである。しかし幸いにも相手はそんな細かいことを気にする性分ではない。
「おいおい、悩んでるからって俺に八つ当たりはやめてくれよ兄ちゃん。折角プレゼント選びに苦戦してるアンタにいいアドバイスしてやろうと思ったのに」
「なんだよ、いいアドバイスってのは」
「ズバリ、プレゼントには煙草が一番だぞ! ってね」
「…………ですよねー」
得意げな顔をしている煙草屋には悪いが、これは予想通りの答えであった。
そうして時は過ぎ、ボチボチ夜も更けてきた頃である。カインは両手に紙袋をどっさりとぶら下げてバアルの城の扉をドンドンと叩いていた。
間も無く日付けも変わろうかという頃合いである。だが、城の主である魔王二人は毎日明け方まで元気に起きて遊んでいる。こうして大きな音で呼び立てても問題はない。現に「はい、いらっしゃい」と出迎えてくれたレヴァイアの顔は上機嫌だ。既にお酒も入っているのか少し頬も紅潮している。しかし上機嫌だったレヴァイアの表情はカインが腕にぶら下げている大量の紙袋を見るなり一変した。
「お、お前その山盛りの荷物は何事だい!?」
そりゃあもうビックリもビックリである。
「コレ!? 全部お姫様へのプレゼントに決まってるだろ畜生がッ!! どいつもこいつも次々にコレもルシフェル様の大好物ですよ〜とか言うからついどんどん買っちまって、その結果がこのザマだ馬鹿野郎!! なんだか店員どもに遊ばれてる気分だよ。つーか実際アイツら遊んでやがるよな畜生!! で、単刀直入に聞くけど金は幾らまで出してくれるんだ!? それを聞きたくて来た!! 今んトコまだ食いもんしか買ってない!! やっぱプレゼントっつったらアクセサリーも必要かな〜って思って店覗いたら数字がいっぱいなヤツばっかだったから予算を確認に来た、俺って偉いなオイッ!!」
「ま、まあまあまあ、落ち着いて……」
血走った目でもって早口にまくし立てるカインの勢いに流石のレヴァイアも圧倒されてしまった。泣く子も黙る魔王様がただただ瞬きを繰り返すことしか出来ないとは、これ如何に。
「えっと、ひょっとしてお前……城を出てから今の今までずっとプレゼント探し歩いてたわけ?」
「ああ、そうだよ!! プレゼント探すなんて生まれて初めてだもんよ、時間かかってしょーがねー、だから飯だってまだ食ってねーよ、おかげ様でッ!! あー、腹減った!!」
「……お前って、実はスゲー真面目なんだな……」
自分たちがけしかけたことではあるが、まさか彼がご飯も食べずに夜が更けるまでプレゼント探しに奔走してくれるとは予想していなかった。
「ぁああ!? 実はも何もどっからどう見たって俺は真面目な男だろうがよ!! で、どうなんだよ予算の方はッ!!」
語気を強めるカイン。と、そこへ朗らかな笑みを湛えたバアルが音もなく姿を現した。
「あっ、バアル! カインが予算はなんぼだって聞きに来たんだけどー……」
「大丈夫、事情は既に把握しています。いやはや、もう少し遅かったら私、化粧を落として寝てしまうところでした。ギリギリセーフですよカイン。それで予算ですが、一応の限度というものはありますよ、やっぱり。ですから財布を握っている私も一緒に行きましょう。その場で見定めた方が良さそうだ」
「ってコトは一緒に来てくれるのか! そりゃありがたいぜ! よろしく頼む!」
バアルが来てくれればきっと値段の見定めだけでなくプレゼント選びに関しても的確なアドバイスをくれるだろう。こんなに心強いことはない。
「ええ、では早速行きましょう。あ、レヴァ君はお留守番で」
「はーい了解……出来るか畜生ッ!! なんで俺は留守番なのさ!? 別に邪魔なんかしないよ、しませんよ!?」
「でも、たまには私もカインと二人きりでデートしたいんでお留守番よろしくお願いしまーす。これを機にハブられる側の気持ちを味わうといい。オッホッホッホッ! あと、お留守番ついでにお夜食いっぱい作っといてくださいね。カインもお腹が空いてることですし。ちなみに私はパスタを3種類くらい食べたい。カルボナーラとペスカトーレともう一つは任せた。……さあ、行きましょう。あ、動き難いでしょうからその荷物はうちに置いていって構いませんよ」
「ひ、酷い〜!!」
嘆くレヴァイアに目もくれず、ちゃっちゃと歩き出すバアル。どうやら彼は自分が仕事に勤しんでいる間にレヴァイアが一人だけ外へ遊びに出掛けていることをずっと根に持っていたようだ……。
「えっと、じゃあそういうことで! ちなみに俺ピザが食いたい、よろしく!」
お言葉に甘えて大量に抱えていた荷物を目についた棚の上に置き、カインは先を行ってしまったバアルの後を追った。
そして扉が閉まり、ポツーンとレヴァイア一人だけが城に取り残されてしまったわけで……。
「3種類のパスタにピザ……。畜生、面倒臭い料理ばっか頼みやがって〜!!」
しかし、夜食にしてはボリュームがあり過ぎる、という点に関しては何もツッコまない彼であった。
ちなみに今の「畜生、面倒臭い料理ばっか頼みやがって」という彼の腹の底からの叫びはしっかりバアルとカインの耳に届いていたわけだが、それで容易に歩みを止める二人ではなかった。
「ご飯くらい食べれば良かったのに」
レヴァイアのことは意にも介さない感じでバアルはチラリと隣を歩くカインを見やった。
「いやあ、ちゃっちゃと終わらせてから飯にしようと思ったらちゃっちゃと終わんなくて、気がついたらこんな時間になっちまったんだな、これが」
この答えがおかしかったのかバアルはクスッと小さく笑った。
「成る程ねえ。あ、アクセサリーの目星はついてます?」
「いーや、全然。店すら絞ってねぇや」
「フム……。では私の行きつけに向かいましょう。この街で一番老舗の宝石屋ですから何かしら見つかるんじゃないかな。と、その前に……」
街に入ったところでバアルは軽く左右を見渡すとパッと目についたハンバーガーワゴン車の方へとカインの腕を引っ張って歩き出した。
「な、なんだよなんだよなんだよ!?」
「空腹では頭の回転が鈍りますからね、軽く何か食べた方がいいですよ」
急に腕を取られてオロオロしているカインに微笑んでみせるとバアルはちゃっちゃと店員に声をかけて注文を始めてしまった。さり気なくバアルの顔を見るなり店のお姉さんが顔を赤くしたことに関しては追求しないでおこう。
「チーズバーガーを一つ。トマトとピクルス抜きでお願いしますね。……カイン、飲み物は何にしますか? 奢りますよ。私はジンジャーエールで」
「え? えっと、じゃあコーラで。悪いなバアル、ありがとよ」
お腹の虫が鳴りまくってるの聞こえちゃったのかなあ〜と小っ恥ずかしさに頭を掻きつつ、カインはちゃっかり希望を伝えた。
「あっ、そういや此処、レヴァが美味いって絶賛してた気がするなあ」
ふと、レヴァイアがウチの城から歩いて街に入ってすぐのハンバーガー屋はパテが肉厚で美味いと言っていたのを思い出した。きっと此処のことだろう。現に店員さんが「はい、どうぞ」と差し出してくれたハンバーガーはとっても肉厚だ。
「ええ。私もよくレヴァ君がテイクアウトしてきてくれたものを口にしています。外ではあまり食べませんけどね。大口開くのキャラじゃないんで」
「女子かテメーは!!」
思わず勢いでツッコんでしまったが「そんなこと言うと奢ってあげないよ」とドスの利いた小声で返され、カインはすぐに「ゴメンナサイ……」と頭を下げた。
「はい、コーラとジンジャーエールお待たせしました。カイン様もこれを機に是非当店へ頻繁にお立ち寄りくださいませ! ちゃんとお野菜は抜きますので!」
店員の言葉に「貴方の野菜嫌いもすっかり有名になりましたね」とバアルが笑う。
「食えないモンはしょーがねーだろって! んじゃ、どーもね!」
コーラを受け取り、逃げるように店を離れる。すると「カイン、目的地はそっちの方角じゃありませんよ」と即座に呼び止められてしまった。うーむ、何か言い返したいが言い返せる言葉が見つからない。このなんとも遣り切れない気持ちを誤魔化そうとハンバーガーに噛りつく。……とっても美味しかった。
そのまま空腹だったせいもあって10秒で肉厚ハンバーガーを完食、目についたゴミ箱にハンバーガーを包んでいた紙クズを丸めて投げ入れてコーラを啜りながら歩く。
「もうちょっと味わって食べてくださいよねぇ」
隣を歩くバアルがツンと唇を尖らせる。
「んなルーシーと同じようなこと言うなよ、ちゃんと味わったってば。ごっそーさんでした! おかげでちょっと目が冴えた気がする」
「それなら良かった」
ニコリと笑ってバアルはストローを口に含んだ。……その姿がどうにもイマイチ似合わないことを口に出していいものかどうかカインは悩んだ。その10センチはあろうかという厚底ピンヒールのブーツとボタンを開けて胸元とお腹を露出したシャツでもって黒のロングコートという妖艶な出で立ちに手に持ったファンキーな柄の紙コップがどうにも似合ってない……。
「な、に、か、問題でも?」
視線に気付いてバアルが眉間にガッツリと皺を寄せる。
「い、いや別に、なんでもない……」
「そうですか? まあ言いたいことは大体分かりますけどね、その視線から察するに」
「いや、まあ、でもアンタがパーカーとジーンズで街を歩いても似合わないだろしなあ……」
「そうなんですよね、私は何故かレヴァ君と違ってカジュアルなファッションが似合わなくて…………それつまり先程から私がカジュアルなハンバーガーショップの紙コップを持ってたら似合わないと言いたかったわけですね、やっぱりネ!! 失礼な白髪男だ、予算大幅削減を検討してやろうか」
「いやいやいやいや、なにもそこまで言ってないし失礼な白髪って台詞が失礼だぞテメー!! だから予算は多めでお願いしますよおっ」
「自覚はあっても改めて似合わないと言われるとカチンと来るものです!」
「だからゴメンてば〜!」
結局カインが謝ることでプレゼントの予算削減は免れた。なんだか、普段レヴァイアがバアルに謝りっぱなしな理由がなんとなく分かったような気がしなくもない……。
そんなこんなで無事王様に御機嫌を直してもらった頃合いに彼の行きつけである宝石店に到着した。外観からして高級なものが売ってますよと言わんばかりの、こうして連れてきてもらわなければカインにはまず縁のない店である。
「あれ〜? どうしたんですか表情硬くなっちゃって。ひょっとして入るの怖いんですか?」
「う……っ!」
観察力鋭いバアルにズバリ見破られてしまった……。しかし男としてハイそうですとは言えない。言ってはならない。
「んなわけねーだろ! 俺を誰だと思ってやがる!」
「ですよね。では行きましょう」
バアルのことだ、きっとカインが強がっていることなど簡単に見抜いていただろう。だが彼はあえて頷いてさっさと店に入って行ってしまった。カインが引くに引けなくなり後をついていくと、店内はやはり高級感に満ち溢れたセレブな空気が漂っていた。優雅なレコード音楽が流れ、自分たちの他に数人の品の良さそうな貴族風の悪魔が商品を凛と眺めている。大概の悪魔はバアルの顔を見るなり圧倒されてざわつくものだが、店員も客の彼らも軽く会釈をしただけ、それだけで此処にいる全員が上級貴族であることが伺える。
(お、俺だけただの泥人形!!)
一気に劣等感に襲われるカイン。だが、よくよく考えれば生まれはともかく今や自分も立派な女帝の側近。小娘の地位に乗っかっている情けなさはあるが恥じる立場ではない。
「なんか良さ気なのあった?」
気を取り直して先にショーケースを覗き込んでいたバアルの隣に歩み寄る。と、彼が眺めていたのは明らかにルシフェルの趣味ではないド派手な指輪であることが分かった。
「アンタなに自分が欲しいもん見つめちゃってるわけ……!?」
「えっ!? あ、これは失敬。ついつい。そうだルシフェルへのプレゼントを探すんでしたね」
言いつつもバアルの視線は変わらず薔薇の形をしたアメジストのブローチに向けられている。かなり、気になるようだ。
「そんなに欲しいなら買えばいいだろ、アンタ王様なんだしさ……!」
しかしバアルは首を横に振った。
「そうしたいのは山々なんですが私、自分で宝石を買う主義じゃないんですよ。自分で買い始めたら歯止めが利かなくなってしまうので宝石は基本的に戴き物だけと決めているんです」
この男、女王サマ的な発言をあっけらかんと言い放つ……。
「なにその変なこだわり!? じゃあ今度レヴァイアに強請れよ〜! って、あれ? じゃあアンタのそのジャラジャラ付けてる宝石って全部貰いもん!?」
思わずバアルの胸元のネックレスと両手の指を殆ど埋め尽くしている派手な指輪に目を向ける。これ全て貰ったものだったとは驚きだ。
「はい。このネックレスとリングは全てレヴァ君から。右手親指のリングだけはサタンから頂いたものです。それとこのブレスレットはミカエル、こっちのは某性悪の大天使から頂いたものですね。ヘッヘッヘッ、いいだろいいだろ〜」
バアルが声高らかに両手の指輪を見せつける。
「ど、どんだけレヴァイアに買わせてんの〜!? 可哀想に。ったくアンタ見たままそのまま女王様気質だったんだな……。まあでもほら、今日はルーシーの探しに来たんだろっ。頼むから手伝ってくれ……!」
「承知しました。あ、私の指にはまだ空きがあるのでカインもいつか私に宝石を贈呈するといいですよ。そしたらきっと素晴らしい御利益がありますからね」
「なにそれ、どゆこと!?」
この男、どこまでが本気でどこまでが冗談なのか分からない。ゆえにカインは暫く首を傾げてしまったが、とりあえず今日の目的を果たそうと気を取り直して煌めく宝石が並んだショーケースを順に覗き込んだ。そして――――広い店内に並ぶ沢山の宝石に目移りしてしまったカインは困惑してボリボリと頭を掻いた。いやはや、どれを選べばいいのか全く見当がつかないのである。まずネックレスがいいのかリングがいいのかピアスがいいのか、そこからして分からない。
「カイン、よくよくルシフェルのことを思い出せば答えは出るはずですよ」
隣で一緒にショーケースの中を覗き込んでいたバアルが微笑む。
「思い出せばって?」
「あの子は毎日常に同じチョーカーとネックレスを付けています。つまりなかなか外せないお気に入りということです。そうなると候補はピアスかリングかブレスレットに絞れます。そして貴方はルシフェルの指のサイズを知らない。ブレスレットはまだあの子の細い腕では落としそうで危うい。と、なると?」
「ピアスしかねぇな! 流石、バアル! 頼りになるぜ!」
早速ピアスが並んでいるショーケースの前に移動して候補を絞りにかかる――――が、種類がいっぱいあり過ぎてこれまたやはり途方もない。
いつも身に付けているアクセサリーを思えばルシフェルがシルバーよりもゴールド派ということは分かる。後はデザインだ。まずハートモチーフの可愛らしいピアスが目に入ったが、あの小娘はこういう乙女乙女したものはあまり趣味ではないだろう。かといってシンプル過ぎる形もイマイチ、ピンと来ない。
「そーいやアイツって星型のモチーフが好きか?」
ふとカインは思い出した。ルシフェルがいつも身に付けているチョーカーの留め具やベルトのバックル、ブーツのスタッズは揃いも揃って星型だ。と、いうことは……。
「大正解。あの子はお星様が大好きです」
このバアルの言葉にカインは「よし!」と拳を握った。
「よし、絞れた!!」
お星様といってもこれはこれでまた色んな種類があるが、ここまで来ればゴールはもうすぐそこである。
「なんだか楽しそうですね。お声を掛けていいものかどうか迷ってしまうくらいです」
頃合いとみたのか優しげな笑みを湛えた品の良さそうな店員さんが歩み寄ってきた。
「アハハッ。ちょっと今日はルシフェルへのプレゼントを探しに来たんです。そうしたら彼こんなに夢中で張り切ってしまって」
「まあ、微笑ましいこと」
店員さんとバアルがクスクスと小さく笑い合う。
「あーーーーもう、近くで喋るな気が散るだろがいっ!」
真隣で茶化され、カインは声を荒らげた。しかし「おっと、失礼」と言いつつバアルは笑うことを止めない。店員さんも「申し訳ありません」と言いつつ笑い続ける。全くもう、困ったものである。しかし感情に任せて声を荒げている場合ではない。何故ならゴールはもうすぐそこなのである。
この数あるお星様の中で最もルシフェルに似合うのはどれだろうか。商品を順に眺め、ルシフェルが実際に耳に付けた姿を想像してみる。
(どれがいいかなあ〜……)
そういえば、以前ルシフェルはカインにピアスをプレゼントしてくれた時にこんなことを言っていた。「はい、コレ! アンタってゴッツいデザインの好きでしょ。あと此処! よく見て、ワンポイントでガーネットが入ってるの、可愛いでしょ! なんでガーネットにしたかってゆーと、アンタの眼の色と一緒だから。気に入ってくれるかなって!」そう得意げな顔をして言っていた。
(眼の色、か……)
「バアル、決まった! これにする! 値段はちゃんと予算内か?」
「どれ? ……あら、可愛いピアスだこと。値段も手頃だし、いいですよ」
「じゃあ決まりだな! 姉ちゃん、コレくれ」
カインが言うと、待ってましたとばかりに店員はショーケースを開けて丁重にピアスをジュエリーボックスに入れて包装してくれた。
やった、やっとプレゼントが決まったのだ。
そうして「ありがとう御座いました」と頭を下げる店員さんに手を振って、カインとバアルは意気揚々と店を後にした。
「無事にプレゼントが見つかって良かったですね」
バアルが満面の笑みを浮かべる。
「ああ、全くだ。アンタこそ金出してくれてありがとな。金貨結構支払ってたじゃん。アレ実は高かったんじゃないの?」
イマイチ数字も読めないカインではあるが、なんとなく金額を察することくらいは出来る。バアルは「これなら安いもんです」と言い張ってはいたが、実際はどうだか怪しいものだ。
魔界は既に明け方近い時刻である。しかし街は相変わらずの賑わいだ。悪魔たちは本当に眠ることを知らない。
「いいのいいの、気にしない。よく頑張ってくれましたね、カイン。きっとルシフェル喜びますよ」
バアルがニッと白い歯を見せて微笑む。
「ああ、どー致しまして……」
なんだか照れ臭くてカインは思わず目を逸らしてしまった。
「で、どうでした初めてのプレゼント選びは。難しかった?」
「ああ、アンタのことだ、ルーシーも俺へのプレゼントを選ぶ時にこんな風に苦労したんだぞってことを教えたかったってオチだろ?」
なに、ちょっと想像すれば容易く分かることである。
「あれっ? なんで分かったんですか?」
「やっぱりな! そりゃ分かるさ。ったく、こんな手段使わなくたって俺はちゃんとルーシーが苦戦したことくらい察してたのによ」
そうしてカインが口を尖らせるとバアルはまた肩を震わせて小さく笑った。
「フフッ。貴方は本当に優しい人ですね。ルシフェルが惚れちゃうのも分かります。でも改めてってことで。さ、頑張ってくれた御褒美に何か好きなお酒を奢りますよ。それを持って城へ帰りましょう。きっとレヴァ君が夜食をいっぱい作って待ってくれてるはずです」
「惚れちゃうとか言うのやめてくれ……! ああ、ありがと。…………そーいや今気付いたけど、こうしてアンタと二人で街を歩くのって初めてか?」
「なんと今更! はい、そうです」
「そ、そんな人懐っこそうな笑顔で俺を見るな……!」
「あら、なんでですか? これを機にレヴァ君とばかりでなく、たまには私とも遊んでくださいねカイン」
「ああ、そうだな」
近付き難い雰囲気はあるがバアル本人は元々人懐っこい性分なのだろう。現にお出掛けを始めてから彼は終始御機嫌だ。しっかり楽しんでくれてると思うと悪い気はしない。
そしてお酒のボトルを何本か買って城に戻ると、荒んだ目をしたレヴァイアが「デートは楽しかったか畜生め」と悪態つきながら出迎えてくれた。聞けば、不貞腐れながらも後は軽く火を通せばすぐに食べられるようパスタとピザを完璧に用意して待ってくれていたとのこと。この魔王二人は本当に留守番が嫌いなのだなとカインはしみじみ思った。
しかし今回、一番の被害者はミカエルだろう。何故なら大広間に向かうと、端のソファーにて「酷い……酷い……」と嘆きに満ちた寝言を繰り返しながら転寝しているミカエルの姿があった。早寝早起きが日課だというのにぐっすり寝ているところをレヴァイアに叩き起こされて彼が無理やり料理を手伝わされたことは想像に難くない……。
夜が明け、月の光が増した。
カーテンの隙間から差し込む月明かりの眩しさにルシフェルが目を覚ますと、すぐ側に椅子へ腰掛けたカインの姿があった。
「おはよ」
カインが軽く挨拶をすると、すぐさまルシフェルは不貞腐れたように頬をパンパンに膨らませた。
「おはよ。ってかコノヤロー、朝帰りしやがって〜!! またレヴァ君とずっと呑んでたんでしょっ。酒臭いし!! 呼び出し食らった時からそうなる気はしてたからまあいいけどさっ!! 昨日の夕飯はオムライスだったんだぞー。バズーとデイズの自信作で凄く美味しかったのにアンタ食べ損ねたねっ」
寝起きにもかかわらずプンプンプンプン怒るルシフェル。しかしカインは気にしない。
「悪う御座いました。あ、これホワイトデーのプレゼントな。チョコのお礼だ。一応嬉しかったからさ、お返しな。ホントは誕生日に返せばいいやって思ってたんだけど、まあいいだろ?」
まだ気付いていないルシフェルのためにプレゼントを山盛り積み重ねたテーブルを指差すカイン。すると朝帰りを咎めていたルシフェルの表情が一変した。
「……嘘。これ、アタシに……? アンタなんで今日がホワイトデーだって知ってるの?」
「え? ああ、うん。細かいことは気にするな。とにかく覗く店、覗く店でコレがお前の好物だなんだって店員が勧めてくるから面倒クセー、言われるままに全部買っちまってさ。あと、コレな」
寝ぼけ眼をゴシゴシと擦るルシフェルへ綺麗に包装されたジュエリーボックスを手渡す。するとみるみるうちにルシフェルの顔が赤くなっていった。
「こ、これも、アタシに……?」
「そっ、お前に。…………照れるのはいいけど燃やすなよ!? 高いし選ぶの大変だったんだからな!!」
「もっ、勿論よ! 大丈夫! えっと、…………開けていい?」
「おう。どーぞどーぞ開けてくれ」
カインが言うとルシフェルは極力破かないよう丁重に包装紙を剥いてジュエリーボックスを取り出し、ゆっくりと蓋を開けた。そしてゴールドの星型で淡いブルーダイヤモンドとピンクダイヤモンドのワンポイントが入ったピアスを見るなり今にも涙を流さんばかりに目を潤ませた。
「これ……! どうしてアタシが星型のアクセ好きって知ってるの!?」
「そりゃそんだけ星型のモンいつも身に付けてるからさ。多分、好きなんだろなって思って。当たった?」
「うん……! えっと、ブルーダイヤモンドとピンクダイヤモンドはどうして……?」
「ああ、それブルーダイヤモンドとピンクダイヤモンドってゆーの? 詳しくは知らねーけどテメーの眼の色だから嫌いなわけねーだろなと思って、なんとなく」
「そっか。……ありがと! 早速付けてみていい?」
「ああ。どーぞどーぞ」
カインが言うと早速ルシフェルはベッドから抜け出して鏡の前に立ち、髪を掻き上げて慣れた手つきでピアスを耳に付けた。
「どう? 似合う?」
ニッコリ笑って耳を見せて振り返るルシフェル。そのあまりにも嬉しそうな顔にカインは思わず噴き出してしまった。
「ちょっと! なんで笑うのよ!?」
「いやいやいや、悪い。大丈夫、よく似合ってるよ。そらそーだな、俺が選んでやったんだから」
「だね! ありがとう。すっごい嬉しい。アタシこれ大事にする……!」
喜びに満ちてキラッキラに輝くアクアブルーとピンク色の瞳がカインを真っ直ぐに見つめる。そのあまりの熱視線にカインは少し落ち着かない気分に陥った。
「ああ、間違っても炭にはしてくれるなよな。……じゃ、無事に喜んでもらったことだし、改めてレヴァイアと呑みにでも行くかな〜っと」
落ち着かない時は逃げるが吉。しかし素早くルシフェルにコートの裾を掴まれて阻止されてしまった。
「待て待て待てい!! ……えっと、せっかくお菓子とかもいっぱい買ってきてくれたんでしょ? だったらさ、い、い、い、一緒に食べようよ。紅茶とか用意してさ」
「あ? ああ、まあ、いいけど……」
まさか、嫌だとも言えず。断る理由もないのでカインは頷いて答えた。すると気まずそうに俯いていたルシフェルがまたパッと顔を輝かせた。
「じゃあアタシ紅茶用意するからさ、カインはバズーとデイズに朝ごはんは要らないって伝えてきて。だってアタシの今日の朝ごはんはお菓子で決まりだもんっ! お願いね」
「つーか、んな野暮なこと言わねーでアイツらも呼んでやったら?」
「ヤ〜ダよ。これはアタシがカインから貰ったお菓子だもんっ! だからお菓子があることは内緒にしてご飯は要らないとだけ伝えてきて! ほら、ちゃっちゃと行く!」
「へえへえ、分かりましたよっと」
そうしてカインが部屋を出て間も無く、ルシフェルが一人で「やったー!!」と叫ぶ声が廊下まで聞こえた。
(お子様だねぇ……)
心の中で茶化しつつ、しかし心底喜んでもらえて悪い気はしないカインなのだった。
ちなみに、朝ごはんは要らないという知らせを受けて何か察した双子が女帝の部屋に乗り込み、それから子供三人で壮絶なお菓子の取り合いが始まってしまったことは此処だけ話である。結局カインの提案によりみんなで仲良く分けて食べることで解決したが、いやはや大変な朝になってしまった……。
一方その頃、バアルは城のバルコニーで朝の爽やかな風に髪を遊ばせながら優雅に紅茶を啜っていた。一睡もしないまま朝を迎えてしまったが、とても晴れやかな気分だ。と、そこへレヴァイアがコーヒー片手にやって来た。
「どーよ、アイツら上手くいったか?」
アイツら、というのはルシフェルとカインのことである。
「ええ。私が思うに大成功みたいですよ。ピアスが炭になることもなかったみたい。良かった良かった」
目の良いバアルならば城にいながらも向こうの状況を察することなど容易い。結界も張らずに会話していては全て丸見えである。その後の子供たちによるお菓子の取り合いも勿論見えてはいたが、まあそこは目を瞑ることにした。
「で、カインは今日がルーシーの誕生日だって気付いたのかな?」
「さあ、どうかな。今夜私たちがバースデーケーキを持って訪ねて行けば嫌でも知るでしょう」
バアルが悪戯っぽく笑う。
「だな! よーし、張り切ってデッカいの作らなくっちゃ! っと、その前に昼寝だな。昨日寝てねーから流石に眠いや。……お前は大丈夫なのか?」
「私ですか? 眠気はともかく丸一日化粧を落としていないから肌が心配ですね」
「なに言ってんだ。化粧云々で簡単に荒れるようなヤワな肌してないくせに〜」
「いえいえ、こう見えて私の肌は繊細なんですよ。全く失礼な。……では私はお肌を気遣いつつ今夜のパーティーに備えて少し寝るとしまーす」
「ああ、俺もそうするよ。城のことは早寝早起きなミカエルに任せようぜ」
「ですね」
頷き合い、二人は自室へと帰って行った。今夜は可愛いルシフェルが16歳を迎えたことを盛大に祝うバースデーパーティーが控えている。寝て起きたら御馳走の準備だ。今日も一日忙しくなりそうである。
END
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